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第110回  営業秘密の侵害、刑事罰導入か


ニュース 法律 作成日:2012年4月11日_記事番号:T00036459

産業時事の法律講座

第110回  営業秘密の侵害、刑事罰導入か

  新聞報道によると、経済部智慧財産局(知的財産局)は営業秘密法に刑事罰を導入し、営業秘密の保護の強化を検討しているようです。その理由として、台湾ではたびたび営業秘密侵害事件が発生し、企業に数百億台湾元に上る損害が出ていることが挙げられ、日米と同様に刑事罰で保護する必要があるとされています。

 営業秘密を刑罰によって保護すべきかどうかはそれ自体が討論に値する問題ですが、ご存じのように、台湾の刑法にはすでに「洩漏工商秘密(工商に関する秘密を漏らす罪)」や、最高5年の有期刑が科せられる「盗取他人電磁記録(電磁記録窃盗罪)」など、営業秘密の侵害行為に刑事責任を負わせることを定めた条項が設けられています。

 また、商標法、著作権法などにもそれら商業的権利の侵害行為に対する刑事処罰があり、実際に多くの有罪判決が下されています。

 筆者は模造品取り締まりにかかわっている関係で各地の裁判所、検察に出入りしています。筆者がここ数年の間に知り得た裁判官、検事の「心の内」は以下のようなものです。
・多くの司法関係者は、商業上の侵害行為が「犯罪」という認識はあまりない。しかし法律上は有期刑が適用される行為なので、裁判官としては法に基づいて判決を出す。
・初犯の被疑者に対しては、よほど多くの模造品が押収されたのでなければ、実際に服役しなければならない程度の罪(有期刑6月以上)の判決を出すことはない。また、検察も双方の当事者に和解を勧告し、結果として起訴猶予か執行猶予となる。
・多くの案件が被害者の同意を得た上で、高額の罰金を科し、被告が実際に服役する必要がないよう判決を下す傾向がある。

特許法には刑罰なし

 司法関係者のこのような考え方は、営業秘密に関する案件を扱う際も同様です。しかも、営業秘密の所有者がその技術を特許申請し、技術を公開しなければならなくなるのであればなおさらです。

 なぜならば、特許を取得してしまうと特許法には刑罰規定がないため、刑事責任を負わせることができなくなります。しかし、もし特許を申請せず、技術をあくまでも営業秘密としているのであれば、技術が侵害された場合、侵害者に刑事責任を負わせることができます。

 こうした不公平な状況が存在するため、裁判所は営業秘密に関する案件に対して、比較的厳格な認定を行っているのです。

犯罪成立が困難

 知的財産局は、営業秘密侵害に対する現在の罰則は軽すぎ、権利を十分に保護できていないと考えているようです。しかし、この考え方は間違っています。なぜならば、法律の保護が足りないと感じるのは、裁判所が刑事責任を認めた案件が少なすぎることが本当の原因だからです。

 営業秘密に対する「犯罪」を成立させるのが難しいのには、以下の理由が考えられます。
・営業秘密はそもそも「秘密」なので、その存在の証明が難しい。
・権利者が、営業秘密の商業価値と、それが侵害されたことによる実質的な損害を証明しなければならない。
・権利者が侵害以前に秘密を保護するために適当な処置を取っていたことを証明しなければならない。

保護措置の有無

 営業秘密に関する多くの案件において、裁判所は犯罪の存在を認定していません。その主な原因は、前記の3つ目、つまり営業秘密の権利者が、侵害以前に秘密を保護するために適当な処置を取っていたと証明できないことにあります。

 訴訟で最も説得力のある証拠は、企業が「営業秘密保持規約に違反した従業員を処罰した」というものでしょう。しかし、これまで多くの判決の中で、このような証拠を提出できた企業はありません。つまり、多くの企業は営業秘密の秘密保持制度は設けていますが、それを実際に実行してはいないのです。

効果がなければ無意味

 このような現状では、裁判所が犯罪の成立を認定できないのも無理はありません。営業秘密法に刑罰を設けても、何も変わらないでしょう。

 台湾の立法委員(日本の国会議員に相当)は知的財産関連法を理解していないだけでなく、全く興味もありません。そのため、知的財産局の提案は、その上部機関である行政院さえ通過できれば、立法院での法案成立は通常問題ありません。

 今回の法案もそのように成立してしまうと、産業界が「これからはより簡単に営業秘密の侵害者を牢屋に入れられる」と誤解してしまう恐れがあります。

 もし知的財産局が本当にこの法案を成立させたいのであれば、「営業秘密侵害を証明し、犯罪を成立させることの難しさ」を外部に説明し、企業がその現実を理解した上で有効な措置を取るよう促す必要があります。そうでなければ法律が改正されても、今まで同様、営業秘密が侵害された企業に対し何の救済方法もないままとなってしまいます。

徐宏昇弁護士事務所

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