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第113回 契約の「国際管轄権」


ニュース 法律 作成日:2012年5月23日_記事番号:T00037245

産業時事の法律講座

第113回 契約の「国際管轄権」

 台湾の光電関連製品大手、光宝科技(ライトン・テクノロジー)は2009年7月、日立と特許ライセンス契約を締結しました。このライセンスは、ライトンが日立のモニターに関する米国での特許4件、ドイツと日本での特許各2件を使用するという内容でした。しかしライトンは、08年にモニターに関する業務をすべて緯創資通(ウィストロン)に譲渡していたため、権利金を支払う必要はないと判断し、日立に対して残りの権利金540万米ドルは支払わない旨を通知しました。

 その後、日立は上記の特許ライセンス契約をルクセンブルグの企業、Inpro II Licensing, S.a.r.l.(以下「Inpro」)に讓渡しました。Inproはライトンに未払いの権利金を支払う義務があると考え、「本契約に関する紛争の解決は米国連邦裁判所を管轄裁判所とする」というライセンス契約の規定を根拠に、10年5月に米国・北カリフォルニア連邦地裁に対して訴えを起こし、ライトンに権利金支払いを求めました。しかし裁判所は、本案は特許権の侵害を争ったものではなく、債権履行に関する紛争のため、連邦裁判所の管轄でないと判断しました。そこでInproは代わりにサンフランシスコ上級裁判所に提訴しました。同裁判所は▽本件に関する証人の多くがカリフォルニアにいない▽台湾が唯一の適当な裁判管轄──を理由に、ライトンの「訴訟停止」の請求を認めました。

 ライトンは同年、台湾の知的財産裁判所に対して、「ライトンのInproに対する540万米ドルの債務は存在しない」ことを確認する訴えを起こしました。知的財産裁判所の第一審は、▽本案ライセンス契約書に紛争の際は「米国連邦裁判所を管轄裁判所とする」と明記されているため、台湾の裁判所に管轄権はない▽台湾の法律には案件を海外の裁判所に移転する権限がない──を理由に、11年8月24日に原告の訴えを棄却しました。

 その後、ライトンは知的財産裁判所に対して案件を控訴しました。知的財産裁判所の第二審は、▽契約書の「米国連邦裁判所を管轄裁判所とする」とは、契約の特許権が侵害された際の紛争については米国連邦裁判所を管轄とするという意味▽米国法の規定によると、本案のような単純な契約履行に関する紛争について連邦裁判所は管轄権がない▽そのため、本契約書の「米国連邦裁判所を管轄裁判所とする」という部分はその履行が不可能なため無効▽また契約書に「中華民国の裁判所を管轄から排除する」という規定が設けられていないため、台湾の知的財産裁判所は管轄権を有する──を理由に一審判断を破棄しました。

 Inproはこの判断を不服とし、最高裁判所に対して上告しましたが、最高裁判所は二審判断を支持、12年3月29日に上告を棄却しました。

管轄権とは

 「管轄権」とは、特定の裁判所または特定の国の裁判所が、ある案件に関する訴訟を受理する権限のことです。管轄権のない裁判所が下した判決は違法となります。そのため、裁判所が管轄がないと判断した案件は、管轄権のある裁判所に対して移送するか、不可能な場合(管轄が海外などにある)は案件を棄却することができます。

 台湾の民事訴訟で最近問題となっているのは、知的財産権に関する案件について、一般の地方裁判所が管轄権を持つかどうかです。知的財産案件審理法は、知的財産権(民事)に関する案件は知的財産裁判所がその管轄としています。それでも地方裁判所に対して訴えを起こす権利人がいます。また自ら管轄権がないと判断した裁判所は、知的財産裁判所に案件を移送しますが、そうしない裁判所もあります。原告が抗告を行った場合、高等裁判所と知的財産裁判所の間でどのような案件をどこに移送するべきかについての判断に食い違いが見られ、案件が宙に浮いてしまう場合もあります。

勝訴・敗訴やコストに影響

 前述のライトンの案件は、どの国の裁判所が管轄を持つかという複雑な問題です。極端な案件では、各国の裁判所がそろって「管轄がない」と判断し、問題解決の道が閉ざされてしまう場合もあります。それに、債務者であるライトンからすれば、台湾と米国では勝訴の可能性も、訴訟のコストも全く異なります。

 この案件から派生して、もしライトンが日立の特許が無効、または日立の特許を使用(侵害)していないため、日立がこれまでに受領した権利金が不当利得であると主張した場合、台湾の知的財産裁判所は権利金の返却を判断することができるのかといった問題も考えられます。

 このように、本来プロセス上の目立たない問題である「管轄権」も、現代の商業訴訟においてはとても重要な契約上の問題となり得ます。皆さんも契約締結の際には十分に気を付けてください。

徐宏昇弁護士事務所

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