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第69回 企業名が列挙された総統の元旦祝辞 〜重視される「中堅企業」とその意味〜


ニュース その他分野 作成日:2013年1月15日_記事番号:T00041601

台湾経済 潮流を読む

第69回 企業名が列挙された総統の元旦祝辞 〜重視される「中堅企業」とその意味〜

 昨年の馬英九総統の元旦祝辞では、中華民国100年間の歴史を振り返る形で文化・社会・政治運動にかかわった偉人の名前が大量に挙げられた。それに代わって今年は数多くの企業名が挙げられた。例えば、ベアリングメーカーの東培工業、編み機メーカーの佰龍機械、小型高圧ガス容器・エアバッグインフレータで有名な元翎精密工業といった世界的なシェアを誇る「中堅企業」である。昨年の経済成長率が1%程度となったことなどから、馬政権は経済に活力を取り戻すことを今年の最重要課題に据えている。その実現を「中堅企業」の発展に託そうという思いが今回の元旦祝辞に反映された形だ。

 「中堅企業」という言葉が日本で多用されるようになった嚆矢(こうし)は、1962年に中村秀一郎教授が専修大学の紀要論文として執筆した「中堅企業をめぐる諸問題」にあるとされる(1)。台湾でも「中堅企業」という言葉は以前から使われていたが、恐らくもともとは日本から輸入したものだろう。

「隠れたチャンピオン企業」を参考

 ただし、馬政権が政策立案上参考にしたのは、中村教授の「中堅企業」論ではない。ドイツ人のヘルマン・サイモン教授の「隠れたチャンピオン(hidden champions)企業」論であり、それに「中堅企業」という言葉が充てられている。

 「隠れたチャンピオン企業」とは、世界市場で業種上位3位以内、あるいはその企業が立地している大陸でトップであり、収益は50億米ドル以下、一般的にはほとんど無名の企業を指す。世界の2,746社の「隠れたチャンピオン企業」のうち、ドイツ企業が1,307社と全体の47%を占めるそうだ(2)。

 サイモン教授によると、「隠れたチャンピオン企業」になるためには、1)非常に明確な企業目標 2)「鶏口となるも牛後となるなかれ」を体現する市場でのポジショニング戦略 3)顧客との距離の近さと顧客ニーズの全面的掌握 4)「価格」ではなく「価値」に重きを置いたセールス 5)製造面だけでなく、サービス面も含めた全方位型イノベーション 6)バリューチェーンの深堀 7)集中的な研究開発投資や設備の自製 8)グローバル化──などが必要だとされる。

 しかし、台湾の中小企業は、一般的に機会主義的性格が強く、「隠れたチャンピオン企業」になるには、人材、技術、マーケティングなどの面で多くのボトルネックを抱えていると馬政権はみている。

 そのボトルネックを解消するために、馬政権は12年10月に「推動中堅企業躍升計画(中堅企業の躍進促進計画)」を発表している。具体的には、今後3年間、約150社の潜在力ある中小企業に対して人材育成や研究開発などの面で支援し、約30社の卓越した「中堅企業」を表彰するという内容になっている。今年1月中旬には、その第一弾として、それぞれ50社、10社が選定される見込みだ(『中央通訊社』2012年12月15日)。それにより、3年間で1,000億台湾元の投資、1万人の就業機会を生み出すというのが馬政権の目標である。

継続的な取り組みが鍵

 このような企業を馬総統の在任期間だけで大量に生み出すことは容易ではなく、中長期的な視野に立った継続的な取り組みが必要なことは論を待たない(例えば『工商時報』2012年11月12日)。また、特定企業の育成に政府の資源を大量に投入するとなれば、さまざまな議論も出てこよう。

 しかしながら、同政策の執行により「中堅企業」をキーワードとした雑誌の特集が組まれ、さまざまなベストプラクティスが紹介されるようになってきていることは確かだ。「中堅企業」育成策そのものの直接的な効果に過度な期待を寄せることはできない。しかし、それが発端となり、台湾中小企業の経営戦略の見直しと底上げにつながっていく可能性はある。

 また、台湾版「隠れたチャンピオン企業」が紹介されていくことで、他国企業の台湾の中小企業に対する関心が高まる可能性も否定はできない。それが日本企業にとって脅威となるか、新たなパートナーの発掘のチャンスとなるか、予断はできないが、台湾中小企業の転身から目を離すべきでないことは確かだろう。

(1)当時日本では、「大企業は近代的、中小企業は非近代的」で、「大企業に搾取されるので中小企業は大企業にはなりえない」という「二重構造論」が強かったが、中村教授は急成長を遂げる中小企業群が少なくないと主張し、それらを「中堅企業」と命名した。

(2)Hermann Simon「世界の視点から 21世紀の隠れたチャンピオン」独立行政法人経済産業研究所(http://www.rieti.go.jp/jp/special/p_a_w/018.html)。

みずほ総合研究所 アジア調査部中国室長 伊藤信悟

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