ワイズコンサルティング・グループ

HOME サービス紹介 コラム グループ概要 採用情報 お問い合わせ 日本人にPR

コンサルティング リサーチ セミナー 経済ニュース 労務顧問 IT 飲食店情報

第70回 円安と日台関係


ニュース その他分野 作成日:2013年2月19日_記事番号:T00042119

台湾経済 潮流を読む

第70回 円安と日台関係

行政院の異例の対応

 「安倍経済学(アベノミクス)」が台湾で大きな関心を集めている。とりわけ円安が台湾経済に与える悪影響が注視されているようだ。例えば、円安により、あるいは円を追いかける形で韓国のウォン安が進むことにより、台湾の輸出がダメージを受けることが懸念されている。また、円安により日本企業の対台湾投資が鈍ることを懸念する声も上がっている。日本人観光客の減少を心配する向きもあるようだ。こうした中、行政院も各種対策を打ち出し、1月24日には、陳冲・前行政院長が経済部を通じて日本製品の輸入業者などに値下げを要請するに至っている。 

 「ドル安の際に米国製品の値下げを要求することなどなかったのに、なぜ円安の時だけこのような要請をするのか」といった声も聞かれる。ただし、輸入に占める日本製品のシェアは高く、日常生活においても日本製品が広く深く浸透しているという点で、日本製品の台湾における影響力は米国製品を上回っている。政府の介入の良否は別として、今回の措置が日本を軽くみていることの表れだとの評価は必ずしも妥当なものとは思えない。

 それよりも興味深いのは、なぜ今回円安がここまで注目されたかだ。確かに円安のスピードは速いし、さらなる円安の可能性もあるが、過去と比べて台湾元に対して円安が進んでいるわけではない。2000年以降でみれば、02年12月31日に1台湾元=3.860円にまで円が下落している(13年2月5日現在は1台湾元=3.174円、図表)。その時も確かに、円安が台湾経済に与える影響について当時の陳水扁政権が気にかけてはいた。行政院経済建設委員会(経建会)が関連の委託調査を行っている。しかし、今回ほどの措置は採られなかったように記憶している。

 円安にこれほどまでに敏感な対応を見せた理由として考えられるのは、第一に、台湾社会の中で日韓台の競合関係が強まっているとの認識が高まっていることが挙げられよう。日本へのキャッチアップを遂げる産業が増えてきたことは確かである。液晶パネルや半導体などIT関連でそうした事例が増えてきている。

強まる日台韓の競合関係が背景

 しかし、依然として台湾は日本からこれらの製品を製造するのに必要な資本財を大量に輸入している。その点に着目すれば、円安は台湾経済にとって大きなダメージを与えるとは考えにくいのだが、水平的な競合関係が対日関係において以前よりも意識されやすくなっているように思われる。また、韓国企業の競争力の高まりに対する警戒感が台湾社会でより広く共有されるようになっている。韓国のウォン安誘導に対する不満が盛んに表出していることがその証左だ。それゆえに円安がウォン安の導火線となり、「通貨戦争」へと発展することに強い警戒感が抱かれているのだろう。

馬英九政権の経済政策が関係

 第二に、日本からの投資誘致が馬英九政権の経済政策の根幹に据えられていることも、円安への強い反応を生んだ背景だろう。対中経済関係の強化が馬政権の公約の柱になっているのは確かだが、それをてこに外資系企業の誘致を図り、台湾経済を活性化させるところまでいって初めて、馬政権は所期の目標を達成したことになる。外資系企業の中では、とりわけ日本企業の誘致が重視されてきた。技術力がありながら円高を含む「六重苦」に苦しむ日本企業は誘致しやすく、台湾経済の高度化を図る上で有益だとの見立てがあったからである。

 韓国との競争に打ち勝つためにも日本の技術が必要だとの論調も、盛んに唱えられてきた。それゆえ、円安により日本企業の誘致が難しくなることに強い危機感が持たれているのだろう。

ウィン・ウィンの立場に立った提言を

 実際には、円安が日本企業の対台湾投資に関する戦略決定を根幹から変えることにはならないと考えられる。近年、日本企業の対台湾投資に占めるサービス産業のシェアが高まっており、サービス産業の場合、円安だからといって対台湾投資を控えるとは考えにくいからである。また、製造業についても、世界的な業界再編の流れの中で、台湾内の顧客との密接な関係構築を目的として台湾に来ている企業が多い。さらに言えば、為替の変動しやすさを前提とすれば、為替をメインの理由に据えて台湾に投資する企業は少ないだろう。

 こうした見方も政権内に無いわけではない。ただし、経済成長率が昨年1%台に落ち込み、支持率も低下する中、少しでも台湾経済を良くするためには何が必要か、必死になって答えを探そうとした結果が上述の政策対応となって現れたのであろう。その内容の良否を論じるのもよいが、日本企業が台湾に何を求めているのかを改めて台湾社会に伝えることが必要なように思われる。日本企業が台湾社会の温情に救われてきたことを思い起こせば、こういう時こそウィン・ウィンの視座に立った提言が重要な意味を持つのではないだろうか。

みずほ総合研究所 アジア調査部中国室長 伊藤信悟 

台湾経済 潮流を読む