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第72回 SARSから10年 ~伝染病対策の進化への期待~


ニュース その他分野 作成日:2013年4月16日_記事番号:T00043111

台湾経済 潮流を読む

第72回 SARSから10年 ~伝染病対策の進化への期待~

  4月1日、中国で「H7N9型」の鳥インフルエンザのヒトへの感染が確認されたと、世界保健機関(WHO)が発表した。本来、H7N9型は弱毒性とされてきたが、死者も出ており、強毒化した可能性が高いとの指摘もなされている。

 こうした状況を受けて4月3日、行政院衛生署はH7N9型を新たな法定伝染病に認定、法定伝染病第1~5類の警戒レベルを第3級に引き上げた。医師は感染を確認後24時間以内に関連機関に通報する義務を負うほか、感染者の隔離治療を行う。感染者が死亡した場合は24時間以内の火葬が義務付けられる。第3級の感染リスク状況は「動物からヒトへの感染が見られるが、ヒトからヒトへの感染や地域的な流行には至っていない」段階だ。また、4月3日には行政院衛生署疾病管制局(疾管局)局長を指揮官とする「H7N9流感中央流行疫情指揮中心」が組成され、モニタリングと対応策を統括することになった。検疫も強化されることとなった。

よみがえるSARSの悪夢

 こうした迅速な対応は、10年前に重症急性呼吸器症候群(SARS)が台湾でまん延した苦い経験に基づくものだといえる。台湾では累計346人がSARSに感染、うち37人が命を落とした(WHO報告ベース)。人的被害のみならず、経済的被害も大きく、アジア開発銀行(ADB)の試算では、SARSにより台湾の実質域内総生産(GDP)成長率は通年で0.9~1.9ポイント下押しされたとされる(図表)。

 

 院内感染の広がりが台湾でのSARSまん延の主因だったが、台湾最初の症例は、SARSがすでに流行していた中国から帰国したビジネスマンであった。(2003年3月14日感染確認)

中台交流拡大による正負の影響

 その当時と比べ、中台間の人的往来は格段に盛んになっている。SARSの本格流行前の02年、中国を訪れた台湾人は延べ366万人であったが、12年は534万人と1.5倍に増えている。訪台中国人数の増加はより顕著で、馬政権の観光客受け入れ拡大政策などの効果により、02年の延べ16万人から12年には254万人にまで増えている。約16倍の増加である。馬政権の対中交流活性化策により、中台間往来の利便性が大きく高まった反面、伝染病の流入リスクにもさらされやすくなっているといえよう。

 しかしその一方で、中国との関係改善により、台湾は伝染病対策を取りやすくなった面があることも確かである。中国は台湾のWHO活動への参加に難色を示してきたが、馬政権発足後の09年1月、「台北の連絡拠点(Contact point in Taipei)」という名義ではあるが、台湾がWHOの「国際保健規則(IHR)」の適用を受け、「公衆衛生事件情報ネット」も利用できるようになった。それにより、台湾はWHOと相互に自主的かつ直接連絡を取れるようになった。また、万一台湾で国際的に影響を及ぼし得る公衆衛生上の緊急事態が発生した場合には、WHOが台湾に専門家を派遣するとともに台湾に緊急委員会への出席を要請できるようにもなった。

危機対応策の構築

 中台間で伝染病の拡大防止、治療のための直接交流が制度化された点も10年前と大きく違う点である。10年12月の第6回「江陳会談」(中台双方の窓口機関のトップ会談)で「海峡両岸医薬衛生合作協議」が締結され、11年6月に発効した。それにより、「伝染病防治工作組」が発足し、伝染病の流行状況などに関する定期的な情報交換のほか、緊急時の協力体制構築が図られてきた。

 むろん、H7N9型の感染力が弱く、こうした危機対応メカニズムがフル活動せずにすむことが最も望ましいことは論をまたない。また、正体不明であったSARSと比べ、今回の鳥インフルエンザのほうが相対的に早く対応できるとの見方も出ている。ただし、現段階では感染力に関して判断がつかないようである。ワクチンの開発にも半年程度かかるとの報道もある。中国における伝染病対策が効果を挙げるとともに、中台間の伝染病拡大防止面での協力体制がしっかり機能し、人的・経済的被害が最小化されることを心から期待したい。

 また、台湾などでSARSが流行した際の経験を持たない企業の方は、念のため、SARS対策の経験を持つ日系企業などに対応策を確認しておいた方がよいだろう。(13年4月8日現在)

みずほ総合研究所 アジア調査部中国室長 伊藤信悟

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