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第76回 経済成長と生活実感


ニュース その他分野 作成日:2013年8月13日_記事番号:T00045280

台湾経済 潮流を読む

第76回 経済成長と生活実感

  馬英九政権が支持率の低さに苦しんでいる。TVBS民意調査中心のアンケート調査では、馬総統の実績に「満足」との回答率が20%を切る状態が1年以上続いている。7月下旬には内閣改造が行われたものの、着任早々、新国防部長が引責辞任したことなどから、支持率の引き上げにはつながらなかった。こうした人事上の問題のほか、政策決定過程において与党内での根回しや世論工作が足りないことが支持率低迷につながっているとの評価も聞かれる。

 ただし支持率低迷の底流には、経済成長率が低めで推移している上に、生活が良くなっている実感に乏しいという有権者の認識があるように思われる。これは馬政権固有の問題というよりは、台湾経済の構造的な問題である。

経済成長しても雇用は増えず

 台湾の経済成長率は低下傾向にある。1991~00年の台湾の年平均実質GDP(域内総生産)成長率は6.2%だったが、01~10年は3.9%、11~12年は2.7%に低下している。

 しかも、経済成長率が上がっても雇用が増えにくい経済体質を台湾は持っている。実質GDP成長率が1%上昇した時に就業者数が何%増えるかを見ると、台湾は01~11年の平均で0.32%と、高所得国平均の0.46%(91~09年実績)よりも低い(注1)。また、実質GDP成長率が1%上昇した時に、先進国では失業率が0.33~0.39ポイント低下するが(80~11年平均)、台湾では0.10~0.16ポイントしか低下していない。

 「経済は成長すれども、賃金は増えない」という状態にもなりつつある。鉱工業、サービス業の合計の実質賃金上昇率を実質GDP成長率で割った比率を見ると、81~90年は年平均0.97と実質賃金と実質GDPがほぼ同じペースで増加していた。しかし、91~00年には同0.4に低下、さらに01~11年には同−0.1とマイナスに転じている。この状態は12年も続いており、実質GDP成長率は前年比1.3%上昇だったが、実質賃金は前年比1.6%減少している。

 雇用・所得環境の改善を図る上で、経済成長率の引き上げが重要であることは論を待たない。ただし、台湾の1人当たりGDPはすでに2万米ドルを超えており、経済は成熟段階に入っているため、成長率の大幅な引き上げは簡単なことではない。

 先進19カ国を対象に、1人当たりGDPが2万米ドルを超えた年から10年間で、どれぐらいのスピードで成長したかを見てみると、1人当たり実質GDPベースで年平均2.0%との結果が出ている。この数値から、行政院経済建設委員会(経建会)が掲げる13~16年の年平均実質GDP成長率4.5%という目標の達成が容易なことではないことが分かるだろう(注2)。馬政権も認識しているとおり、大規模な景気対策で成長率を目標に近づけたとしても、長続きする可能性は低いと考えられる。

サービス競争力強化が鍵

 成長の雇用・所得創出効果が弱い理由として、サービス産業の競争力の弱さが指摘されている。サービス業は製造業と比べて労働集約的であり、雇用吸収力が相対的に強いが、台湾のサービス業は他の先進国と比べてその力が弱い。しかも、台湾サービス業の実質GDP成長率は製造業よりも低い状態が続いている(03~12年の年平均成長率はそれぞれ3.0%、7.4%)。国際競争力を備えたサービス産業の発展を官民挙げて加速させることが雇用・所得の改善上、重要だといえる。

 また、そうして生まれた新たなサービス産業へ、よりスムーズに労働力が移動できるようにすることも必要だ。職業訓練のさらなる充実が求められよう。

 その他、業績連動型給与体系の拡大、サービス産業を中心とする非正規雇用の急速な普及が賃金下落を助長し、収入の安定性への不安から消費意欲が弱まり、さらに賃金に下押し圧力がかかるといった悪循環が起こっているとの指摘も聞かれる。

 こうした状況が実際に生じているか否かは精査が必要だが、業績連動型給与体系、非正規雇用の拡大の功罪について、台湾でも実証に基づく議論の深化が求められているように思われる。

注1 陳畊麗「台湾経済再平衡與総体就業政策」経建会、12年
注2 経建会「国家発展計画(102至105年)曁102年国家発展計畫簡報」13年1月

みずほ総合研究所 アジア調査部中国室長 伊藤信悟

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