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第138回 特許明細書の誤訳


ニュース 法律 作成日:2013年7月10日_記事番号:T00044662

産業時事の法律講座

第138回 特許明細書の誤訳

  海外の特許申請者は、大手特許事務所を通じて台湾での特許申請を行う傾向があります。その理由は、▽大手事務所はきちんと管理しているとの思い込み▽特許に関する問題が起こった際に社内の特許主務部門管理職の「首」がつながり続ける可能性が高いと思っていること──にあるのだと思います。しかし、大手特許事務所は案件数が多いため、特許明細書などの翻訳の質が実際のところ、あまり高くないことは皆さんもご存じの通りです。

大手事務所でも誤訳

 筆者が最近担当した特許侵害案件の当事者も、誰もが聞いたことがある大手特許事務所を通じて台湾の特許を申請しました。しかし、いざ起訴の段階になって、特許申請の範囲(クレーム)の中国語訳が間違っていることが明らかになりました。

 日本語のクレーム内容「第1の半導体層と、該第1の半導体層の上に形成され、バリア層、量子井戸層を積層してなる超格子構造の発光層と、該発光層の上に形成される第2の半導体層と、を含み」が、中国語では「第1の半導体層と、該第1の半導体層の上に形成されるバリア層と、量子井戸層を積層してなる超格子構造の発光層と、該発光層の上に形成される第2の半導体層と、を含み」と誤訳されていたのです。

 この案件は最終的に勝訴となりましたが、誤訳を修正するために莫大(ばくだい)な時間と労力を必要としました。

 また、別件の訴訟金額が数億台湾元を超えた案件では、訴訟相手である特許事務所が、「第一論理値と第二論理値(first logical value and second logical value)」を「第一局所値と第二局所値
(first local value and second local value)」と誤訳していました。そのため、被告はその製品上に「第一局所値と第二局所値」が存在することを証明しなければなりませんでしたが、もちろんそんなことはできませんでした。

中国語が基準

 これまで知的財産裁判所は、特許権の範囲の判断に当たっては、「特許請求の範囲の記載に基づいて解釈を行う」という、いわゆる「文義解釈」の原則を厳守していたため、明らかに翻訳上問題がある場合でも特許を付与された文面に基づいて特許権の範囲を認定していました。規定上、特許権者は知的財産局に対してミスの「更正」を申請することは可能でしたが、単純な「誤訳」は、更正を申請することが可能な「ミス」ではないとされていたため、それもできませんでした。

 知的財産裁判所がこのような原則を採用していたのは、▽台湾の知的財産局は規定により中国語で審査を行い、その後の公告なども中国語を基準としている▽そのため、英語/日本語は参考としての価値しかない▽競合する同業者は知的財産局の中国語による公告の内容を信じて、自らの製品が特許権侵害をしていないことを確信する▽結果、このような「信頼」は法律の保護を受けるべきだ──、という考えに基づいています。

訂正可能に法改正

 2013年、専利法の改正の際、同法44条が改正され、誤訳についても「訂正」が認められることとなりました。また、誤訳の「訂正」は審定前に限らず、特許を取得した後でも可能です(専利法第67条第1項第3号後段)。ただし、知的財産裁判所の過去の判断によれば、当該特許の特許無効審決が確定した後は、更正を申請することはできません。つまり、訴願や行政訴訟などのプロセス中においても訂正はできないということです。また、「訂正」とは「出願時点の外国語特許明細書の内容に基づく訂正」を指しています。

 専利法が誤訳の更正を認めたのは、特許事務所の誤訳により、無効審判・特許侵害など、特許権利者の権利を守らなければならない場面において、多くの特許の権利が守られてこなかったためでしょう。事実、台湾の特許事務所が知的財産局に提出する中国語の特許明細書に対して、外国の特許申請者は、その品質を確認することもままならず、無力です。

 このように、専利法は海外の申請者に対して新たな手段を提供しましたが、前述の公衆の「信頼」は、依然法律の保障を受けています。また、中国語の特許明細書の中に誤訳を見つけた海外の申請者は、一律「訂正」を申請することができるのか、遡及(そきゅう)効はあるのかなどの問題について、知的財産裁判所と立法院は法改正の際に何らの具体的な処置も設けていません。そのため、これらの問題の解決は、結果として知的財産裁判所の判断を待たなければなりません。

セカンド・オピニオンで予防

 このように、専利法が誤訳の訂正という規定を設けたことは、むしろ誤訳という問題の普遍性と重大性を知らしめる結果となってしまいました。海外の特許権者が台湾において重要な特許の申請を行う際には、特許事務所だけでなく、弁護士・弁理士に審査を依頼し、意見(セカンド・オピニオン)を求めた上で、誤訳の発生を未然に防ぐ努力が必要でしょう。そうすることで、無効審判・特許侵害による損害を未然に防ぐことができるでしょう。

徐宏昇弁護士事務所

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