ワイズコンサルティング・グループ

HOME サービス紹介 コラム 会社概要 採用情報 お問い合わせ

コンサルティング リサーチ セミナー 在台日本人にPR 経済ニュース 労務顧問会員

第142回 台湾の法医学鑑定


ニュース 法律 作成日:2013年9月11日_記事番号:T00045828

産業時事の法律講座

第142回 台湾の法医学鑑定

 台湾の有名な冤罪(えんざい)事件「蘇建和案」は、死刑判決が確定していた蘇建和氏ら3人の被告人が、法医の鑑定結果に科学的根拠がないことを理由に、2012年、再審無罪となりました。同じく有名な冤罪事件「江国慶案」では、97年にすでに死刑が執行されましたが、法医の鑑定により精液であるとされていたものが実は精液ではなかったことが証明され、11年、北部地方軍事裁判所が再審無罪判決を下しました。またこの案件に関しては、その後起訴された被告人の許栄洲氏についても今年4月に無罪が確定しています。これらの冤罪案件により、台湾の法医の鑑定能力とその質が注目されるようになりました。

検視報告書ないまま殺人認定

 筆者が以前弁護を担当した「徐偉展案」は、11年3月に死刑判決が確定しました。最高裁判所は判決中、とりわけ多くの法医鑑定報告書を引用し、高等裁判所の認定に誤りがなかったと認定していました。

 当時の検察の起訴状の記載には、徐偉展氏(以下「徐氏」)とその従弟(いとこ)である潘氏は、96年10月11日未明、被害者である柯女史をタクシーに載せた後、柯女史を強盗・監禁し、当日午前に殺害したとされていました。法医鑑定報告書の推定死亡時刻は10月10~11日となっていましたが、被告人は10月11日以外の各日のアリバイを提出していました。

 この案件が奇異なのは、裁判所に提出された資料の中に検視報告書も死体の写真も全くなかったことです(徐氏の弁護士は13年現在も検視報告書の閲覧を請求しています)。被害者の遺体は徐氏の逃亡中の10月17日に、潘氏の供述により埋められた場所が特定され、警察がそれを掘り当てていました。つまり潘氏が何らかの形で殺人に関わっていることは認定されるわけですが、その後の死体認定を行ったのは柯女史の元夫でした。また、警察は事件発覚後、柯女史が監禁されていた部屋や、犯行に関わりがあるとされたタクシーに関する証拠の収集も、死体からの指紋採集も行っていませんでした。そのため、裁判所に提出された証拠資料には徐氏の指紋など生理的特徴に関する証拠が一切含まれていません。そればかりか、膣部内部から採集された2種類の精子は共に2人の被告人のものではないことまで分かっています。

 台湾高等裁判所は、すでに確定した「更十審(最高裁が10回破棄して11回目の審理)」の判決中で、被告人の自白、潘氏、その彼女の証言、被害者の娘の証言、法医鑑定報告書などから、被告人の殺人の事実を認定しました。

 筆者は当時、法医が認定した柯女史の推定死亡時刻に何の理由も付されていないことに気付き、法医を裁判所に呼び出し説明させるよう裁判所に対して求めましたが、その法医はベテランで社会的名声も高かったため、裁判所は書面による説明の提出を求めただけでした。

日付の単純ミス

 さて、提出された説明によると、空気中における遺体の変化速度(傷みの進むスピード)は土中の約8倍のため、掘り出された際の柯女史の死体の傷み具合が空気中でのそれの1日から2日程度に相当したということは、土の中に8~16日間埋められていたことになり、結果、10月27日に掘り出された死体の推定死亡時刻は10月10~11日となると記載されていました。しかし、前述の通り、死体が掘り出されたのは10月17日で10月27日ではありません。

 このような明らかな間違いがありながらも、当時の高等裁判所はこの鑑定報告書を根拠に死刑判決を下しました。もちろん、最高裁判所はこのミスを見逃さず判決を高等裁判所に差し戻しました。

 前述の更十審の判決書の記載によると、その後、弁護士らが法医の提出した鑑定報告書に対する質疑を続けたため、裁判所は鑑定人に対して質疑を送りました。それに対して鑑定人は08年に以下のような書面回答をしました。「推定死亡時刻は窓型間隔方式で判別され推定死亡時刻は96年10月10日未明、または96年10月10日から10月11日の間ぐらいである」。

 この回答に対して裁判所は再度書面質疑をし、鑑定人は09年に以下のような書面回答をしました。「死者の死体の傷み具合がひどいことから、推定死亡時刻を96年10月10日か同11日か特定することはできない」。

 更十審の判決は、この「特定することはできない」という鑑定意見に基づいて、特定することはできないとされた期間が「潘○○が本院更七審において認めた、被告人徐偉展と共に被害者柯○○の死体を埋めた時間と相似する」とした上で、死亡時刻を「96年10月10日夜から11日午前」と認定し、さらに潘氏の最初の供述「10月9日の犯行」は誤記載だったとし、被告人に対して死刑判決を下しました(潘氏は少年犯のため懲役20年が確定しています)。

 本案は死刑判決が確定して数年がたちますが、法務部長はまだ死刑執行命令を出していません。その理由としては、法医の最後の詰めの甘さによる鑑定報告書そのものの説得力不足があるのでしょう。

徐宏昇弁護士事務所

TEL:02-2393-5620 
FAX:02-2321-3280
MAIL:hubert@hiteklaw.tw

産業時事の法律講座