ニュース その他分野 作成日:2015年6月9日_記事番号:T00057428
台湾経済 潮流を読む架け橋としての理工系留学生
世界のイノベーションの中心地として、またハイテクスタートアップの聖地として名高い米・シリコンバレー。サンフランシスコから南へ、高速道路で1時間ほどの距離のベルト地帯に、グーグル、フェイスブック、アップル、シスコシステムズの本社や、著名なベンチャーキャピタル、スタートアップのオフィスが無数に連なっている。
過去数十年にわたり、シリコンバレーと台湾は、密接なつながりを保ってきた。両地の橋渡しの役割を果たしてきたのが、シリコンバレーの台湾人移民起業家・エンジニアたちのコミュニティーだ。
1970年代から80年代にかけて、台湾の名門大学の理工系学部の卒業生の多くは、兵役を終えるとすぐに、アメリカの大学院への留学へと旅立っていった。台湾は80年代末には在米留学生出身地のトップとなったが、これはその人口規模を考えれば驚くべきことだ。
「来来来、来台大。去去去、去美国(おいで、おいでよ台大へ。行こう、行こうよアメリカへ)」という当時の流行言葉が表すように、名門大学からアメリカ留学、アメリカ定住への道を歩むことは、優秀な台湾人理工系学生の共通の夢であった。その夢さながらに、アメリカで学位を取得した留学生の多くは、そのまま米国のハイテク企業に就職し、やがてその中から、同僚や同級生と組んでシリコンバレーで創業する起業家が続々と現れるようになった。シリコンバレーで半導体ファブレス企業を創業したある台湾人は、「起業して大金持ちになった仲間をみて『彼にできたなら僕にもできる』という雰囲気が一気に広まり、皆次々と起業に挑んでいった」と語る。
こうして出現した台湾人移民起業家・エンジニアのコミュニティーは、台湾政府のハイテク産業育成政策への進言、台湾に残った友人たちの事業への支援、台湾への帰国創業といったさまざまなルートを通じて、アメリカの最先端の技術や情報を台湾へと持ち帰った。台湾の半導体産業やベンチャーキャピタル産業の創設は、いずれも在米台湾人コミュニティーの協力なくしてはあり得ないものであった。
留学生減少は不安材料
このようにシリコンバレーと台湾の架け橋となってきた渡米留学生だが、その数は、90年代半ば以降、減少している。図から分かるように、ピーク時の94年に3万8,000人に達した在米台湾人留学生の数は、昨年は2万1,000人に減少した。6:1という人口比を念頭に日本と比較すれば、今でも台湾人のアメリカ留学比率は高いし、減少速度も日本の方が格段に速い。しかし、日本に比べて格段に強い結び付きをシリコンバレーとの間に形成してきた台湾にとって、この状況は将来への不安材料だ。実際、人口流入が細ったシリコンバレーの台湾人コミュニティーは、高齢化と規模縮小という問題に直面するようになっており、拡大を続けるインド人、中国人の起業家・エンジニアコミュニティーに押され気味だ。
渡米留学生が減少した背景には、台湾内の教育レベルが上がったこと、海外の学位を取得しても帰国後の就職が容易ではなくなっていること、台湾人留学生の奨学金獲得が困難になったこと、といったさまざまな要因がある。理工系の大学院生たちが、兵役に服する代わりにハイテク企業等でエンジニアとして4年間働く「国防役」を選ぶようになったこと、この制度を選んだ若者の多くがそのまま結婚、台湾での就職という道を歩むようになったことの影響も大きいようだ。
留学という「頭脳流出」の減少は、台湾がアメリカと遜色のない理工系教育、働きがいと十分な報酬を提供できる就労環境を備えるようになったことの表れだ。しかし、世界のイノベーション・センターとして、また新たなビジネスモデルの発信地として、シリコンバレーの存在感が格段に増しつつある今日、そことの架け橋となるコミュニティーが縮小しつつあることのマイナス効果は小さくない。
このような状況に鑑みて、台湾政府は近年、台湾とシリコンバレーのリンケージを再強化するための試みに着手し始めている。だが、果たして政策は、人と人とのつながりを媒介としたシリコンバレー・台湾間のリンケージを再活性化できるものなのだろうか?台湾政府が取り組む台湾・シリコンバレー・リンケージの活性化策の行方は、台湾ハイテク業界の今後の活力維持に少なからぬ影響を及ぼすと考えられる。注目して見ていきたい。
川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター 東アジア研究グループ長
91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。
台湾のコンサルティングファーム初のISO27001(情報セキュリティ管理の国際資格)を取得しております。情報を扱うサービスだからこそ、お客様の大切な情報を高い情報管理手法に則りお預かりいたします。
ワイズコンサルティンググループ
威志企管顧問股份有限公司
Y's consulting.co.,ltd
中華民国台北市中正区襄陽路9号8F
TEL:+886-2-2381-9711
FAX:+886-2-2381-9722