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第101回 中国の「恵台政策」はどこへ向かう?


ニュース その他分野 作成日:2015年10月13日_記事番号:T00059749

台湾経済 潮流を読む

第101回 中国の「恵台政策」はどこへ向かう?

 経済交流の緊密化は、しばしば政治関係の改善を狙った外交手段の一つとなる。中国も、台湾との経済関係の緊密化を、台湾統一という国家目標の手段の一部とする戦略を採ってきた。いわゆる「ビジネスをもって政治を囲う(以商囲政)」政策である。その基本的な発想は、台湾の対中経済依存度を高めることで、両岸(中台)統一に有利な環境を作り出そうというものだ。

 中国はこの戦略を実行するに当たって、経済利益の供与を通じた台湾の政治的な取り込みと、中国の意に反する行動をとる台湾側の政治家・企業家への制裁を巧みに組み合わせてきた。その手法はさながら「北風と太陽」の物語のようだ。

アメとムチの組み合わせ

 2004~05年の「許文龍事件」(※本土派の大物経済人である奇美実業董事長だった許文龍氏が「人民日報」上で「歓迎されざる緑色台商(台湾独立派の台湾系企業)」として名指しされ、「台湾と大陸は一つの中国に属する」「反分裂国家法を支持する」といった声明発表を強いられた事件)や、09年の「高雄映画祭事件」(※高雄市の映画祭で、ウイグル人亡命者組織のリーダーを取り上げたドキュメンタリー映画が上映された際に、中国からの訪問団・観光客の高雄訪問が大量にキャンセルされ、南部の旅行業界が大きく動揺した事件)は、中国が台湾に対してムチをふるったケースだった。

 他方で、中国は00年代半ばから台湾に対して熱心にアメを送ってきた。その代表格が農産品や電子部品などの買い付け、中国人観光客の台湾への送り出しといった政策だ。海峡両岸経済協力枠組み協定(ECFA)のアーリーハーベスト(関税の早期引き下げ品目)もこれに入る。「恵台政策」(台湾への利益供与策)と呼ばれる戦略である。

ターゲットとしての「三中一青」

 習近平政権の下で中国が「恵台政策」の重要なターゲットとしているのが、台湾の「中小企業、中下層所得層、中南部」のいわゆる「三中」だ。両岸の経済交流の深まりは、中国への進出や中国との貿易から利益を得るハイテク産業・大企業で働く人々と、そのあおりを受けて賃金の伸び悩みや失業問題に直面することになった人々の間の経済格差をもたらした。バナナやオレンジなどの果物の買い付けや、台南市学甲区で行われているミルクフィッシュ(虱目魚、サバヒー)の中国向け契約養殖は「三中」層の取り込み策の典型例だ。台湾一周旅行を基本パターンとする中国人団体ツアーの送り出しも、中南部地域への利益供与策としての性格を持つ。

 さらに昨年3~4月の「ヒマワリ学生運動」(中台サービス貿易協定に反対した学生らが立法院を占拠した事件)では、若い世代の間で中国との経済一体化への強い懸念が広がっていることが明らかになった。これを機に「三中」に青年層を加えた「三中一青」の取り込みが中国の重要目標となっている。

 だが「恵台政策」が中国が期待したような効果を生み出しているとは言い難い。昨年のヒマワリ学生運動から、統一地方選挙での国民党の大敗、そして民進党の勝利が確実視される来年の総統選挙へ。昨今の政治の流れは、台湾で急速に進みつつある中国離れの傾向を浮き彫りにしている。

「恵台政策」の行方は?

 来年初の総統選挙では政権交代がほぼ確実な情勢だ。この状況の下、中国の「恵台政策」は果たして今後どうなるのだろうか?この点については、両岸関係のウォッチャーの間でもさまざまな見方がある。

 筆者が話を聞いた中には、「恵台政策」の政治効果の低さが明らかになりつつある以上、この路線は段階的に縮小に向かうと予想する人がいる。一方で、「恵台政策」は台湾の対中依存を確実に強めており、その露骨な縮小は中国にとっても副作用を伴うことから、この路線は引き続き維持されるだろうと見る人もいる。

 筆者自身は後者の見方をとっている。中国政府は長い間、台湾社会との間に直接の接点を持てずにいた。そのため、中国に進出している企業家や、国民党の一部の政治家と利害共有関係を結び、これらの台湾側パートナーを通じて台湾社会への影響力を及ぼすというアプローチを採ってきた。

 これに対して「恵台政策」は、中国が台湾の人々にじかに働き掛けることのできる経路である。国民党の弱体化が避けられない局面だからこそ、政党政治の動向に左右されず「恵台、恵民」といった耳当たりのよいキャッチフレーズで台湾の人々にじかに働き掛けることのできるこの政策の価値が、中国にとってはいっそう高まるのではなかろうか。いずれにせよ、来年1月の総統選挙と立法委員選挙の結果は、中国が展開する「恵台政策」の内実をあぶりだすものともなりそうである。

川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所
地域研究センター東アジア研究グループ長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。 

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