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第100回 苗栗県にみる地方財政危機の背景


ニュース その他分野 作成日:2015年9月8日_記事番号:T00059161

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第100回 苗栗県にみる地方財政危機の背景

 7月半ば、苗栗県で深刻な財政危機が表面化し、中央政府からの財政介入を受ける事態となった。以前から苗栗県では、公共工事の請負業者への未払いや、職員への給与支払いに窮して郷・鎮公所、農会(農協)から借金をするといった異常な事態が生じており、財政破綻(はたん)の懸念がささやかれていた。7月には資金繰りが悪化して県職員への給与支払いの大幅な遅延が起こり、ついに徐耀昌県長が行政院に支援を求めるに至った。

なぜ苗栗県が?

 財政破綻の危機に瀕(ひん)しているのは苗栗県だけではない。南投県や嘉義県の財政も危険な水準に達していると言われている。

 台湾では2000年代を通じて、中央レベル、地方レベルのいずれでも、財政状況が悪化してきた。その主な理由として指摘されているのが、地方自治体の中央政府への依存体質、歳出と歳入を管轄する組織の間の縦割り構造といった要因だ。ただし、これらの構造的な問題はどの自治体にも共通しており、これだけでは、今回の苗栗県の危機的事態を説明することはできない。

 下の図には、台湾の週刊誌『商業週刊』と、財政問題について活発な提言活動をしているNGO「参玖参公民平台」が財政学者らの協力を得て作成した「財政健全度指数」の最新3年分(2011〜13年)の平均値を示した。米国の政府組織や地方自治体関係の国際組織が考案した基準を参考にして独自に作成された指標で、指数の値が低いほど、財政状況が悪いことを意味する。

 これをみると、苗栗県は健全度指数ワースト1位であり、南投県と並んで厳しい状態にある。しかし、苗栗県は、新竹県と台中市という2つの工業県に挟まれた有利な立地にある。南投、屏東、澎湖など、同じように財政悪化に苦しむ他の自治体に比べて、工場立地の面でも住民の収入源の面でも恵まれた状況にあるはずだ。それなのになぜ苗栗の財政はこんなに悪化してしまったのか?

「5つ星県長」が残した負の遺産

 苗栗県の負債は、05〜14年まで県長の座にあった劉政鴻氏(国民党)の在任中、毎年約10%ずつ拡大し、倍以上に膨らんだ。現時点の負債額は648億元と推計されている。

 同県の財政危機が表面化したあと、台湾のメディアでは、劉県長時代の「大盤振る舞い」ぶりが報じられた。苗栗県は、台湾で唯一、放課後の学校での補習を無料で提供し、台湾で最高額の出生手当を支払うなど、気前のよい福祉政策で知られるようになった。加えて、各種のハコモノ文化施設、大規模な娯楽イベントの開催といったばらまき型の支出も多く行われた。

 財政規律の緩みをもたらした要因はさまざまだが、一部のメディアで指摘されているのが、『遠見』『天下雑誌』といったメディアが毎年発表する「県市長施政満足度調査」のプレッシャーだ。地方政府の首長たちは、これらの調査の結果を、自らに突き付けられる「成績表」として気にしているという。指標の取り方はメディアによって異なるが、民意調査の結果が決め手となるため、選挙のプレッシャーに直面する首長が、目に見える成果づくりに走ってしまうきっかけになることは想像に難くない。『商業周刊』は、地方首長の任期ごとに、「満足度調査」の結果と「財政健全指数」の関係を調べ、住民の満足度の高い首長の中に、財政状況の悪化を引き起こした事例の多いことを指摘している。実際、劉政鴻氏は、『遠見』『天下雑誌』のいずれの調査でも高い満足度を獲得してきた「5つ星県長」であった。

 予算案をほぼ無修正に近いかたちで承認してきたという県議会の責任も重い。また新任の徐耀昌県長(国民党)にしても、就任後の財政運営は、劉氏の時代と同様に放漫であったという。

 政治家は、誰でも、大盤振る舞いを通じた人気取りへの誘惑に直面する。負担を後世に回せるなら、その誘惑はなおさら強いものとなる。しかし、これに歯止めをかけ、規律ある財政政策の下で住民の満足度を最大限に高めるための努力をすることが、首長をはじめとする政治家の本来の任務である。それに失敗したことのツケは重い。

 そしてこれは、他の自治体が現在進行形で直面している危機でもある。危険水域にある他の自治体が、苗栗県の事態を深刻な警告として受け止め、財政規律の回復に向けて痛みを伴う改革に乗り出すことができるどうかが問われている。 

川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所
地域研究センター東アジア研究グループ長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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