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第105回  敵か味方か?「中資」をめぐる台湾のジレンマ 


ニュース その他分野 作成日:2016年2月16日_記事番号:T00061978

台湾経済 潮流を読む

第105回  敵か味方か?「中資」をめぐる台湾のジレンマ 

 1月16日に投開票が行われた総統選・立法委員選のダブル選挙は、大方の予想通り民進党の勝利となった。民進党が立法院でも過半数を大きく上回る68議席を獲得し、「完全執政」を実現することで、台湾の政治は新たな局面に入る。

 今回の国民党の歴史的敗北の背景にはさまざまな要因があるが、馬英九政権の下で急速に進んだ中国との経済一体化への懸念の高まりもその一つである。中国資本による台湾ハイテク企業への買収攻勢、投票日前日に起きた「周子瑜事件」は、いずれも、中国がその経済力をてこに台湾への影響力を高めつつある現実を人々に突き付けた。

 だが、台湾全体の視点からみれば脅威である中国企業の買収攻勢も、個別企業の視点からみれば異なる意味を持つ。このギャップを象徴するのが、昨年来、台湾の経済界の大きな注目を集めている半導体パッケージング・テスティング(封止・検査)大手、矽品精密工業(SPIL)の買収劇だ。

紫光集団がホワイトナイトに

 昨年9月、業界最大手の日月光半導体製造(ASE)が、株式公開買付によって世界3位(台湾2位)のSPILの株式の24.99%を取得した。SPILにとっては寝耳に水の敵対的買収だった。SPILの経営陣はすぐさま「ホワイトナイト」として鴻海精密工業を担ぎ出したが、同社を筆頭株主に迎え入れる提案は株主総会で否決され、日の目を見なかった。

 そこで、昨年12月にSPILが新たなホワイトナイトとして担ぎ出したのが、中国の国有企業、紫光集団である。紫光集団が計画通りに25%の株式を取得すれば、ASEの出資比率は18.77%に下がる。この動きに対抗して、ASEは現在、SPILの完全買収を目指して第2次公開買付を実施中だ。

 SPILが頼みの綱とする紫光集団は、台湾半導体産業のキーパーソンらをヘッドハンティングし、昨年下半期には複数の台湾メーカーへの大型出資を表明するなど、台湾半導体産業を揺るがす「紅色供給網(レッドサプライチェーン)」の興隆を象徴する存在だ。その紫光集団を「救世主」として迎え入れようとするSPILの作戦に、台湾では批判の声が上がった。

 しかし、SPILの現経営陣と従業員にとっての「敵」は、敵対的買収を仕掛けてきたASEだ。事業内容が重なるASEによる敵対的買収は、SPILのオーナー経営者にとっては経営権の喪失、従業員にはリストラの危機につながる脅威である。他方、紫光集団は、今のところ出資先の経営には積極的に関与しない姿勢を見せている。SPILの現経営陣にとって、少なくとも当面は頼りになる「救世主」なのだ。

「中国企業に買ってほしい」

 紫光集団に「救世主」の役割を期待しているのはSPILだけではない。中台のハイテク企業の仲介をしているある業界関係者は、最近、台湾の半導体設計企業から「中国の買い手を探したい」「紫光集団の趙偉国董事長とどうしたら連絡が取れるのか」という相談を頻繁に受けているという(『商業周刊』2015年12月、1465期)。また、『商業周刊』が台湾の代表的な半導体設計企業10社に取材したところ、6社が「過去2年以内に事業売却を検討したことがある」と答えた(同号)。

 2000年代の台湾ハイテク産業の星であった半導体設計業も、技術の最先端を切り開く米国勢と、中国勢からの激しい追い上げのはざまで苦しむようになっている。その状況にあって、「中国資本(中資)」は、提携することで中国市場への入場切符が手に入るかもしれない、あるいは事業を高値で買い取ってくれるかもしれない頼みの綱なのだ。

 台湾の産業発展というマクロの視点からみれば、中国企業との提携の拡大は、人材や技術の流出につながり、産業の将来を損なう恐れをはらむ。しかし、個々の企業の経営ロジックからすれば、産業の流れが不可逆的である以上、同業者に遅れをとるより先に「中資」がもたらす機会を利用するほかない。

政治的影響を懸念

 今回の選挙戦からも分かるように、台湾では若い世代を中心に、中国との過度な経済一体化、および中国との経済統合の恩恵を受けるエリート層と一般庶民の経済格差の広がりに対してノーの声が強まっている。蔡英文次期政権は、政治面のみならず、経済面でも台湾の主体性、自律性を高める方策を探っていかねばならない。

 しかし、グローバルなハイテク産業の現実は厳しい。政治の力で個々の企業の経営判断を縛ろうとしたり、産業・企業の自立性を過度に重要視したりすれば、かえって産業や企業の力を弱め、長期的な自立を損ないかねない。ビジネスの世界ではしばしば「敵」陣営と組んでこそ、生き延び、成長することができる。だが、「中資」との関係の深まりが、中国の台湾に対する政治的な影響力行使のてことなってしまうこともまた事実だ。マクロとミクロの利益のギャップ、政治と産業・企業のロジックの乖離(かいり)を、いかに調整すればよいのか。5月に発足する蔡政権は、この答えの出ない難題と向き合うことになる。

川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所
地域研究センター東アジア研究グループ長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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