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第110回 シリコンバレーとのつながりから生まれた新たな医療機器、イノベーション・コミュニティー


ニュース その他分野 作成日:2016年7月12日_記事番号:T00065190

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第110回 シリコンバレーとのつながりから生まれた新たな医療機器、イノベーション・コミュニティー

STBプログラムがまいた種子

 台湾では、科学技術部傘下の財団法人国家実験研究院が運営主体となって、2008年から「台湾・スタンフォード・バイオメディカル奨学プログラム」(以下、STBプログラム)という医療機器イノベーションの人材育成プログラムが実施されている。筆者は昨年来、このプログラムによってシリコンバレーに派遣され、1年間の「武者修行」を積み、帰台後に創業した起業家たちへのインタビューを行ってきた。

 STBプログラムでは、08~15年の間に、35人のエンジニア・医師等を選抜し、研修生としてスタンフォード大学に派遣してきた。このプログラムを終えた35人のうち、15人ほどが医療機器のスタートアップを立ち上げており、その数は10社を超えている。著名病院の医師としての順調なキャリアを中断して創業に踏み切った人も複数いる。彼らの起業がきっかけとなり、台湾のベンチャーキャピタルの間でも、医療機器分野への関心が高まっている。STBプログラムが核となって、台湾の中に新たなタイプの医療機器のイノベーション・エコシステムが生まれつつあるのだ。

シリコンバレーとのつながりの活用

 スタンフォード大学は、バイオデザイン(Biodesign)という著名な医療機器のイノベーション教育課程を開設している。また、スタンフォード大学があるシリコンバレー一帯は、世界の医療機器イノベーションの中心地であり、大学と起業家・投資家たちの間に緊密なネットワークが張り巡らされている。STBプログラムのディレクターである同大学医学部のフィッツジェラルド教授も、医療機器の連続起業家・投資家として著名な人物だ。

 STBプログラムの研修生たちは、フィッツジェラルド教授の指導や助言を受けながら、1年間、スタンフォードで授業やセミナーに参加したり、シリコンバレーの起業家や投資家とのネットワーキングを重ねたりして、イノベーションと起業に必要な知識、人脈を蓄積する。研修生たちの中には、スタンフォードで知り合った米国人と共同創業したり、帰台後も現地の専門家と緊密な情報交換を維持したり、シリコンバレーの投資家からの出資を受けたりといった形で、シリコンバレーとのつながりを創業に生かしている人が少なくない。1年という短い時間で、シリコンバレーとの持続的なつながりを創り出していることに驚かされる。

成功の背景

 「人材育成を通じた新たな医療機器コミュニティーの創出」というSTBプログラムの野心的な政策的試みが順調な展開を遂げつつある背景は何だろうか?筆者の調査からは、以下のような要因が見えてきた。

 第一に、シリコンバレーの台湾人事業家コミュニティーが果たした「橋渡し」機能だ。シリコンバレーには、留学生として渡米し、アメリカの優良企業で働いたのち、半導体を中心とするハイテク産業で創業して成功した台湾人連続起業家のコミュニティーがある。既に第一線を退いてエンジェル投資家として活躍する人々も多い。これらの人々が、STBプログラムに力を貸し、研修生たちを現地の起業家、投資家と結び付ける役割を果たしてきた。研修生たちが帰台後もシリコンバレー・コミュニティーと密接なつながりを保てるのは、この台湾人コミュニティーの持つネットワーク仲介効果と関係があると思われる。

 第二に、STBプログラムが、台湾内の医工連携の活性化に役立っていることだ。研修生たちの話を聞いていると、母国では仕事に忙殺されていたエンジニアや医師たちが、1年間の自由な海外生活の時間を与えられ、互いのアイデアについてインフォーマルな議論を活発に行ったことが、新しい着想、起業へと結び付いていったことが分かる。そのアイデアについてシリコンバレーの専門家たちから多くのインプットを得られることも、彼らの強みだ。

 第三に、シリコンバレーの医療機器コミュニティーの側にも、台湾をはじめとするアジアの医療市場への関心が高まっており、これが台湾との結び付きを強めている。

 STBプログラムは現在も継続中だ。同プログラムから生まれつつある医療機器コミュニティーはまだ萌芽期にあり、今後の発展を予測するのは時期尚早だ。だが、台湾は、優秀な医師とエンジニアの人材プール、スタートアップに親和的な文化、優れた医療制度を持つ。医療機器分野でのポテンシャルは十分に大きいのではないか。また、日本と台湾は、医療・健康面での課題を共有しており、医療機器分野での日台協力の可能性も十分にあると思われる。まずは、台湾のこの新たなコミュニティーの中から、後に続く起業家たちの目標となるような優れた成功事例が出現することが待ち望まれる。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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