ニュース その他分野 作成日:2016年3月8日_記事番号:T00062350
台湾経済 潮流を読む対外戦略としての観光客の送り出し
1月の総統・立法委員選挙での民進党の勝利を受けて、中国が今(3)月下旬以降、台湾への観光客の送り出しを抑制する動きに出ている。現時点では、中国の旅行業界の動向から「削減」の動きが明らかになっているものの、中国政府が公式にその方針を発表したわけではなく、その規模や期間など、全体像は不透明だ。だが、対中依存を強めてきた台湾の観光業界に、強い衝撃を与えるニュースであることは間違いない。
観光とは本来、人々が自分のお金で、自分の楽しみのために行うものだ。しかし、中国政府は、自国の観光客の送り出しを対外戦略のツールの一つとして位置付けてきた。
中国の旅行会社の多くは国営系のため、政府の統制が効きやすい。2009年に、高雄映画祭で亡命ウイグル人組織のリーダーを追ったドキュメンタリー映画が上映された際には、中国人団体ツアーの高雄での宿泊予約が大量にキャンセルされ、南部の旅行業者らが悲鳴を上げたことがあった。仮に今回の「削減」の動きが現実のものとなれば、その影響は格段に大きい。一連の動きは、中国人観光客(「陸客」)の訪台が、北京による「経済利益の供与を通じた台湾の政治的取り込み策」の一環に他ならない現実を示すものだ。
見かけ倒しの活況?
中国人観光客の訪台は、馬英九政権の誕生直後の08年7月に解禁された。その後の8年間に、中国人観光客の数は劇的な成長を遂げた(図1)。団体観光客と個人観光客を合わせたその人数は、10年に日本を抜き、昨年は約420万人と、2位の日本人の約163万人に圧倒的な差を付けた。近年の台湾の観光収入の急速な成長も、「陸客」効果によるところが大きい(図2)。
もっとも、この動きが、台湾の社会で手放しで歓迎されてきたわけではない。観光地が大混雑するようになったことへの不満や、中国の政治的意図への不安に加えて、「中国人観光客ビジネスの活況は、人数は多いが、見かけ倒しだ」といった声も、よく耳にする。「陸客」をめぐる特異なビジネスモデルゆえに、台湾の旅行業界は、見かけほどには潤っていない、というのだ。
特異なビジネスモデル
交通部観光局が発表したサンプル調査「中華民国103(2014)年来台旅客消費及動向調査報告」からは、中国人、日本人観光客の消費行動が比較できる。1日当たりの平均支出額は、日本人が243米ドル、中国人が242米ドルと、同水準だ。米国人、欧州人の平均額に比べて高く、この2大顧客がそろって台湾にとって「上客」であることが分かる。
一方で、消費の内訳は大きく違う。日本人観光客は、ホテル内支出(平均102米ドル/日)が42%を占め、ショッピング(同49米ドル)の比率は20%にとどまる。他方、中国人観光客はホテル内支出が18%(同44米ドル)と低く、ショッピング(128米ドル)に53%を費やしている。ホテル重視の日本人、買い物志向の中国人、という違いがみてとれる。ちなみに、中国人観光客の買い物の上位2品目は、宝石・玉(同52米ドル)、次いで土産物(同39米ドル)である。
ただ、団体観光客の場合、彼らのこの旺盛な消費力は、旅行業者と提携関係にある特定の土産物店に囲い込まれる傾向にある。数年前に『天下雑誌』や『新新聞』が詳細な調査報道を通じて明らかにした中国人団体観光客をめぐるビジネスモデルの構図は、以下のようなものだ。
中国人の台湾ツアーは、約1週間の全島一周の行程を基本としている。これは、中国国内でツアーを募集し、送り出しをする旅行会社(「組団社」)と、ツアー客を台湾側で受け入れる旅行業者(「招待社」)によって成り立っている。この両者の力関係は非対称だ。中国側の業者がツアー客の送り出しを地域寡占的に支配しているのに対して、台湾側の受け入れ業者は中小業者が多く、互いに激しい競争を繰り広げており、交渉力が弱い。そのため、台湾側の業者はしばしば、中国側の業者に採算割れ覚悟で安い金額を提示して、観光客を送り出してもらう。そして、観光客が台湾に着いたら、彼らを各地でショッピングに連れ回し、店舗から受け取る高率のリベートで赤字を補塡(ほてん)する。「安く受け入れ、高い買い物をさせ、リベートで元をとる」という事業モデルになっているわけだ。
中国人客ビジネスが持つ特殊なリスク
しかし、台湾側の旅行業者にとっても、受け入れたツアー客がどのくらい気前よく買い物をしてくれるかは、ふたを開けてみなければ分からない。必然的に、客に買い物を強いるような動きに出ることになる。
このような状況では、観光客と旅行業者の間のトラブルも避けられず、ツアーの品質も保てない。そのため、台湾政府は、2013年に「優良ツアー」制度を開始するなど、状況改善に取り組んできた。また、個人旅行客の増加とともに、このような「囲い込み」の枠外で自由行動をとる観光客も増えてきた。
しかし、年々増加の一途をたどってきたツアー客を前に、この取り組みがどの程度功を奏してきたのかは定かではない。さらに、ショッピングの目玉である宝石、貴金属店舗には、香港系の資本も多いという。中国人観光客の財布をめぐる競争は激しい。
このようなゆがみをはらんではいるものの、年間400万人を越える中国人観光客の訪台が、近年の台湾の観光業界に新たな活気をもたらしてきたことは事実だ。それだけに、選挙結果を受けた中国側の今回の「ゆさぶり」の兆候は、中国人観光客ビジネスがもつ特殊なリスクとその影を、台湾社会に突き付けるものとなっている。
川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所
地域研究センター東アジア研究グループ長
91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。
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