ニュース その他分野 作成日:2016年6月14日_記事番号:T00064689
台湾経済 潮流を読むキーワードとしての「経済」と「若者」
5月20日、蔡英文・民進党主席が第14代中華民国総統に就任した。海外メディアの多くは、蔡氏が就任演説で、「一つの中国」や「1992年の共通認識(92共識)」には言及しなかったこと、「92年の会談」を歴史的事実として尊重すると述べるにとどまったことを中心に、演説内容を紹介した。だが、この演説の全文を読んでみると、メディアが光を当てた両岸(中台)関係についての言及は、短くあっさりしたものであることが分かる。代わって目に付くのが、経済問題への言及の多さだ。
香港系ネットメディア「端伝媒」は、李登輝氏から蔡氏までの4人の総統の第1期就任時の演説を分析して、蔡氏による「経済」という言葉の使用頻度が3人の前任者をはるかに上回っていたこと、また、李氏、陳水扁氏、馬英九氏の演説では一度も登場しなかった「若者」という単語が9回も用いられたことが特徴的であったと指摘している(5月20日付記事「台湾4位総統的就職演説、34個関鍵詞、説出了哪些言外之意?」)。
確かに、今回の演説で、若者が低賃金の状況に直面して身動きが取れず、閉塞感を抱いていることを強調して「世代正義を実現する」と述べたくだりは、とりわけ印象的だ。ヒマワリ運動の延長線上に実現した民進党の「完全執政(総統就任と多数与党を実現)」が、台湾の主体性の堅持・強化とともに、若い世代を取り巻く環境の改善への取り組みとその成果なくして存続し得ないこと。そしてその鍵が、経済構造改革にあること。新政権がこれらの点を強く意識していることが伝わってくる。
演説で蔡氏は、「古い受託生産のモデルはボトルネックに直面している」として、台湾が新たな経済発展モデルを必要としていることを指摘した。またイノベーション、雇用、分配を最重視しつつ、自由貿易協定(FTA)や東南アジアやインドとの関係強化を目指す「新南向政策」、5大イノベーション計画に取り組んでいくことを語った。
新行政院長、具体策に言及
同じ日に就任した林全・行政院長のあいさつは、蔡氏の総統就任演説のメッセージをさらに具体的に語ったものだ。この演説からも、「経済構造改革内閣」としての意気込みがみてとれる。
冒頭部で林氏は、若者が直面する高い失業率、低賃金、長時間労働など、台湾の企業が直面している困難を詳細に語った。そしてこれへの解決策として、イノベーションの重要性を訴え、産学連携や起業促進を促す環境づくりに取り組むと述べた。また、現在の台湾経済が直面する問題は主に投資低迷に起因するとして、自由貿易協定の推進や新たなイノベーションエコシステムの創出に取り組むことを示した。
若年層の課題
蔡氏が就任演説で語ったように、台湾の経済は「問題解決」を必要としている。足下の景気低迷を挙げるまでもなく、投資不足、電子産業および中国市場への過度の依存が台湾にもたらしつつある副作用は明らかだ。しかし、過去20年にわたり、受託生産を柱とした電子産業の成長、中国との経済交流の拡大が台湾にもたらしてきた果実が豊かなものであった分、この構造を変革することの困難も大きい。そもそも、これらの構造問題は、短期に解決できるわけでも、政策によって克服できるものでもない。また、国民党政府がこれらの問題に対して無策であったわけでもない。新政権が力を入れるであろう若者をターゲットとしたイノベーション促進策、起業支援策については、馬政権末期に、ヒマワリ運動の衝撃を受けた形で、一連の政策が立案され、動き出している。
それでも、新政権の成立が、台湾の社会、特に若い世代に対して持つ意義は大きい。ヒマワリ運動に端を発した若い世代の危機感が社会的に広く共有され、台湾政治の地殻変動を引き起こしたこと。この過程を通じて、若者の政治的な発言権が大きく高まり、経済構造改革の必要性が、「世代正義」と結び付けて論じられるようになったこと。5月20日の二つの演説には、このような変化の影響がみてとれる。
「歳を取り過ぎ、ブルー過ぎ(国民党色が強い)、男性に偏り過ぎ(太老、太藍、太男)」とも揶揄(やゆ)される新政権ではあるが、実務能力や、問題解決への意欲は強いように見受けられる。取り組むべき課題は多いが、経済構造の改革と、これを通じた若年層を取り巻く環境の改善は、その中でも特に重要なものに違いない。
川上桃子
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