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第111回 両岸三党が繰り広げる、台湾の若い起業家の争奪戦 


ニュース その他分野 作成日:2016年8月9日_記事番号:T00065730

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第111回 両岸三党が繰り広げる、台湾の若い起業家の争奪戦 

 2014年のヒマワリ学生運動の勃発から、16年の総統・立法委員ダブル選挙での民進党の勝利へと至る台湾の政治ドラマの主役は若者たちだった。台湾社会に深いアイデンティティーを持ち、中国との経済関係の深まりが台湾にもたらす負の側面に目を凝らす若者たち。行動力と団結力を持つ彼ら・彼女らの動向は、台湾政治の行方、さらには中台関係の行方を左右する重要な鍵だ。

 この若者たちの「民意」をめぐって、国民党、民進党、中国共産党の「両岸三党」が激しい争奪戦を繰り広げている。共通するのは、若者たちの雇用や創業といった経済問題に着目していることだ。中でも、かつての台湾経済の活力の源であり、今でも多くの若者の夢である「創業」をターゲットとした台湾の若者の取り込み策が、両岸(中台)間で繰り広げられつつある。

ヒマワリ学生運動が契機に

 第2期・馬英九政権も終わりに近づいた15年1月、行政院に「イノベーション・スタートアップ・タスクフォース」が設立された。これは経済部や科技部などに分散している起業、スタートアップ関連の政策資源を統合するための横断的なタスクフォースであり、中でも若者による創業を後押しすることに重点が置かれていた。

 関係者らの話によると、馬政権がこのタイミングで若者の創業支援に力を入れた背後には、ヒマワリ学生運動の衝撃があった。若者たちが馬政権とその対中政策に対して不満を爆発させた背景には、雇用の量と質の低下、階層の固定化、格差の拡大といった若い世代を取り巻く経済面での閉塞(へいそく)感があるとみて、若者の創業を支援する姿勢を打ち出したのだ。

 起業を中心とする若者の支援策を重視するのは、政権に返り咲いた民進党も同様だ。蔡英文総統が就任演説の中で、若者の経済問題について言及したのはその表れである。また、蔡政権が掲げた「5大イノベーション計画」の一つ「アジアのシリコンバレー計画」も、若者の創業支援策の一環だ。

李首相が自ら言及

 ヒマワリ運動でさく裂した若者パワーに衝撃を受けたのは、国民党だけではなかった。中国もまた、台湾の若者の「中台関係の緊密化は大企業にしか利益をもたらしていない」という訴えの広がりを受けて、「以商囲政(ビジネスをもって政治を囲い込む)」戦略を見直し、若者世代への働き掛けに力を入れるようになった。その一つが、若者の創業支援だ。

 昨年3月、中国の李克強首相は、記者会見の席で「台湾の若者の中国での創業を歓迎する」と述べた。その後、中国の地方政府は、台湾の若者の創業を支援する政策を次々と打ち出し、台湾人青年起業家の誘致実績を競い合うようになっている。

 『商業周刊』(496期、16年7月)の特集記事では、その生々しい実態が詳しく紹介されている。同誌によると、中国では昨年6月の深圳を皮切りに、台湾からの誘致に焦点を当てた21の創業支援拠点が設けられ、台湾の青年起業家の呼び込み合戦が繰り広げられている。起業を志す台湾の若者には、中国側から、渡航費の負担、現地での家賃や生活費への手厚い補助、さらには創業資金の提供といった驚くほど気前の良い優遇条件が提供されている。また、台湾の起業家誘致に功績を挙げた中国のインキュベータ業者や台湾側の業者にも、奨励金をはじめとするさまざまなインセンティブが用意されているという。そのため彼らは、台湾の大学のチームやスタートアップを頻繁に訪問し、誘致して回っているという。

 00年代半ばから、中国は台湾の一次産品や工業品の大量買い付けを通じて台湾の人々に働き掛ける「恵台政策」を行ってきた。ヒマワリ運動の衝撃を機に、そのターゲットは、台湾の若者層へとシフトしている。だが、起業への強い意欲を持つ若者世代は、台湾経済の未来を切り開く力を持つ台湾の宝ともいうべき人材だ。

 果たして台湾は、中国側の物量戦ともいうべき若者誘致策に抗しきれるだろうか?若者をめぐる激しい争奪戦は、まだ始まったばかりである。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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