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第115回 サービス産業へと軸足を移す台湾の対中投資


ニュース その他分野 作成日:2016年12月13日_記事番号:T00067972

台湾経済 潮流を読む

第115回 サービス産業へと軸足を移す台湾の対中投資

 先月末、上海出張の折に、誠品書店が昨年11月末に蘇州にオープンした中国進出一号店に立ち寄る機会を得た。エントランスを入ると、打ちっ放しのコンクリートの壁に仕切られた高い吹き抜けの中、長い階段が4階まで一直線に延びており、ドラマチックな視覚効果を生んでいる。階段から横に広がる各フロアは、台湾の誠品書店でおなじみの落ち着いた木目の色調で上品にまとめられており、書籍売り場とファッショナブルな小物売り場が巧みに組み合されて、洗練された雰囲気を醸し出している。

 本屋ファンの私としては、広大な売り場面積の割に書籍の種類が少ないこと、台湾の誠品では感じ取れる、ローカルな出版文化の活力ある批判精神がいまひとつ見てとれないことに、やや物足りない印象を受けた。しかし、蘇州の職人たちの作品を美しくレイアウトした「誠品生活采集・蘇州」という売り場や、洗練された嗜好(しこう)品、雑貨の店舗といったテナント選びのセンスには、さすが誠品書店、台湾が誇る「おしゃれすぎる書店」の面目躍如、と驚かされた。

 誠品書店の斜め向かいには、同じく昨年オープンした新光三越百貨が大きな店舗を構えていた。独資による同社の中国再進出の1号店だ。この他にも、今回の上海出張では、飲食業、小売業、娯楽施設といったサービス分野で、台湾資本のプレゼンスの高まりを感じる場面が多かった。

急増するサービス業での対中投資

 台湾の対中投資の軸足がサービス業へと移ってきていることは、統計からも見て取れる。2000年代半ばまで、台湾の対中投資に占める製造業の比率は、金額ベースで9割、件数ベースでも7割であった。しかしこの10年ほどの間にその比率は低下し、昨年は金額ベースで6割、件数ベースで5割であった。

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 これに代わって、対中投資に占めるシェアを伸ばしているのがサービス産業である。図からも分かるように、この5年ほどの間に、金額ベースでは金融・保険業が、件数ベースでは小売・卸売業が、着実にシェアを伸ばしている。

 考えてみると、このような投資の「サービス産業化」現象は、近年の日本の対台湾投資とも共通する動きだ。日本の台湾向け投資でも、電子産業を中心とする大型の製造業投資が減り、飲食業や小売業をはじめとする内需向けサービス業での中小規模の投資が目立つようになっている。台湾の対中投資の場合は、ここに金融業の大型投資という要素が加わるが、趨勢はほぼ同じだ。

 これは、東アジアで、生産面のみならず消費面でも、経済統合が進んでいることの反映だろう。また、日本が台湾に対して消費トレンドの面で訴求力を持つように、台湾も中国において、数歩先を行く流行の発信源としての強みを持つようになっていることの表れでもあるだろう。台湾企業がハードウエアの作り手としてだけではなく、ライフスタイルの提案者、流通販売サービスの提供者としても中国市場で頭角を現していることの表れであり、興味深い。

サービス産業の対中投資リスク

 しかし、中国国内市場をターゲットとするサービス業での投資は、輸出向け製造業での投資にもまして、中国政府の裁量に左右される側面が大きいと考えられる。今月初めには、中国で食品事業を営むレストランチェーンの「海覇王」が、「両岸は一つの中国に属することを支持する」といった声明文を『旺報』に掲載するという事件が起き、中国で事業を営む台湾企業が中国政府からのさまざまな圧力にさらされている実態が、再び白日の下にさらされた。台湾の人々の怒りは「踏み絵」を突き付ける中国に向かっており、これを踏まされる台湾企業には同情の声が強い。しかし、同じような事態が文化事業やトレンド発信型の企業の身に起きたら、その企業イメージやブランドが受けるダメージは大きいだろう。

 台湾企業の対中投資のサービス産業シフトは、台湾の産業企業と中国市場、その双方の成熟化の表れであるといえる。だが、同時にそれは、今までの中国との関わりが台湾企業にとっては常にそうであったように、高いポテンシャルとリスクが表裏一体となった、魅力的であるがゆえに悩ましい事業機会でもある。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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