ワイズコンサルティング・グループ

HOME サービス紹介 コラム グループ概要 採用情報 お問い合わせ 日本人にPR

コンサルティング リサーチ セミナー 経済ニュース 労務顧問 IT 飲食店情報

第120回 媽祖信仰の両岸交流がもたらす現世的な「御利益」


ニュース その他分野 作成日:2017年5月9日_記事番号:T00070445

台湾経済 潮流を読む

第120回 媽祖信仰の両岸交流がもたらす現世的な「御利益」

 先月、台北で『シャンデリアの中の大蛇:中国ファクターの作用と反作用』(呉介民・蔡宏政・鄭祖邦編『吊燈裡的巨蟒:中国因素作用力與反作用力』、左岸文化出版)という中国語の新刊書のお披露目イベントが行われ、私も寄稿者の一人として参加した。副題にある「中国ファクター」とは、中国が統一を目指して行う影響力の行使が台湾社会に与えるマイナス影響を表す言葉で、最近、台湾のメディアや学界でもよく使われるようになっている。

 今回のイベントでは多様な「中国ファクター」の実態についての報告が行われたが、中でも私が興味深いと思ったのが、媽祖信仰を通じた中国の対台湾統一工作(いわゆる「統戦」)を分析した古明君・洪瑩華の研究(同書第7章)だった。

「統戦」のターゲットに

 媽祖は航海の守り神として台湾で広く信仰を集める道教の女神だ。旧暦3月に行われる媽祖の生誕祭では、中南部の廟を中心に盛大な巡行行列が繰り広げられる。媽祖信仰の起源は福建省にあり、移民とともに台湾や東南アジアへと信者が広がった。中国でも沿岸部を中心に信仰されていたが、文革期には寺廟が取り壊されるなど、厳しい迫害に遭ってきた。

 しかし、1980年代半ば頃から中国国内の情勢が変わり、台湾から中国への渡航も可能になって、台湾人信者の来訪参拝や壊された寺廟の再建への寄付が活発になるにつれ、中国政府は、媽祖信仰が持つ戦略的な価値に注目するようになった。2015年には、中国共産党は宗教文化交流を台湾統一工作の一環に位置付ける方針を打ち出しているが、媽祖信仰はまさしくその最重要対象となっている。

 中国政府にとって媽祖信仰の利用価値は、第一に、これが両岸の人々の「神縁」を強調し、台湾人が「中国人」であることを訴える上で格好のよりどころとなることだ。第二に、台湾の地方社会に張り巡らされた媽祖信仰のネットワークが、中国による台湾農村部への働き掛けの格好のチャンネルとして利用可能だ。近年、中国の台湾工作関係者らは、台湾の政治家が選挙の時に行うように、台湾の著名な媽祖廟を訪ね歩き、地方の有力者の取り込みを図ってきた。ちなみに、その台湾側の重要な取りまとめ役となっているのが、後述する大甲鎭瀾宮(台中市大甲区)の董事長で、元立法委員の顔清標である。台中の地方派閥のドンであり、「黒道」のバックグラウンドを持つことでも知られる人物である。

 媽祖信仰が中国による「統戦」のターゲットとなっていることは台湾ではよく知られており、すでにさまざまな報道や分析が発表されている。古・洪の分析の面白さは、媽祖信者の交流活発化の背後にある両岸それぞれの利害や思惑に踏み込んだことにある。

 まず、中国側の媽祖信仰コミュニティーにとっては、媽祖信仰に「統戦」上の価値が生まれたことで、政府の庇護が得られるようになったことが大きなメリットである。

 一方、台湾側では、中南部の媽祖廟間の序列競争の中で、本家本山との関係づくりが重要な意味を持った。廟間で序列をめぐる緊張関係が生じる中で、台中の大甲鎭瀾宮は、87年にいち早く「本山」に当たる福建省湄州島の媽祖廟に参拝団を派遣し、中国側とのコネクションを築いて台湾での権威を高めることに成功した。

双方に経済的利益

 このような中台双方の宗教コミュニティーの事情に加えて、媽祖交流の政治化に伴って新たに生まれた経済的な利益が、両岸交流の駆動力となっている。古・洪によると、中国では、台湾からの参拝客の増加により、観光収入や土地開発に付随する経済利益が生まれた。他方、台湾側の媽祖コミュニティーには、中国に「分霊廟」を建設することで土地開発の利益を上げる、という新たなビジネスチャンスが生まれた。さらに、中国の媽祖廟の役員会には「台湾人枠」の役員ポジションが設けられるようになっているが、これに就いた台湾人信徒には、中国でビジネスをする上で有益な各方面へのコネクションが獲得できるとみられるという。

 このように、両岸の媽祖信仰交流は「神縁」によって始まった草の根の交流が、中国側の国家レベルの思惑と絡まることで、両地それぞれに「金銭縁」「利益縁」のチャンスが生まれ、これに駆動されてさらに活発化してきた。

 媽祖交流の深まりが、果たして中国側が狙うような政治的効果を生むかどうかは分からない。しかし、そのような思惑を離れて、両岸の関係者には、媽祖がもたらす現世的な「御利益」が共有されるようになっている。そのきっかけをつくったのが、長らく宗教を敵視してきた中国共産党であるというところに、「統戦」の不可思議な実態が垣間見える。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

台湾経済 潮流を読む