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第123回 台中市の躍進が映し出す人口移動のダイナミズム


ニュース その他分野 作成日:2017年8月8日_記事番号:T00072160

台湾経済 潮流を読む

第123回 台中市の躍進が映し出す人口移動のダイナミズム

科学工業園区の人口吸引効果?

 7月末時点で、台中市の人口が高雄市を抜いて、人口規模で台湾第2の都市となった。台中の躍進の背景に関する報道の中で、メディアが注目したポイントの1つが、科学工業園区の人口吸引効果だ。逆転された側の高雄市が「科学工業園区の設立と人口増加の間には関係がある」と指摘したことから、台中の成長に対する「中科(台中科学工業園区)」の貢献に注目が集まったのだ。

 だが、筆者はこの解説に引っ掛かりを覚えた。2003年に設立された中科の順調な発展が、台中の着実な成長の背景となっているのは事実だろう。しかし、雇用創出力や都市に対するインパクトという点では中科に勝るはずの南部科学工業園区(南科)を擁する台南が、人口増や若者の流入という点で停滞しているのはなぜだろう?

 16年のデータで、南科(96年着工)と中科(03年着工)を比べてみると、売上高では677億台湾元と403億元、従業員数では約8万人と約4万人と、いずれの指標でも南科が中科を上回っている。中科の方が歴史が浅い分、近年の成長率が高いが、南科の雇用も着実に伸びており遜色はない。また、270万人都市の台中市に対して台南市は190万人弱という規模なので、科学工業園区が生み出す雇用増のもたらすインパクトという面では、台南の方が園区の貢献は大きいはずだ。こう考えると、「科学工業園区の吸引力」説には、いささか無理があるようだ。台中の躍進は、より大きな人口移動の流れとの関係で理解する必要がある。

人口移動の受け皿

 表には、台南市と台中市の近年の人口増加率の推移を示した。両市の人口動態を比べてみると、自然増加、社会増加のどちらで見ても、台中の活力と台南の停滞のコントラストが見て取れる。まず自然増についてみると、16年には台南市はマイナスだったが、台中市は3‰(パーミル、1,000分の1)あった。内政部の統計を見ると、両市の間で出生率の差はさほど大きくはないのだが、死亡率では台南市の方が1.7‰ほど高い。これは65歳以上人口比率で台南市が13%、台中市が10%と、台南市の方が高齢化の進んだ地域であることの反映だ。

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 人口の流入出によって生じる変化分(社会増加)でも、両市の差は目を引く。台中市は過去10数年、2~3‰の水準を維持している。15~16年には5‰を超える伸びを記録しており、桃園市に次ぐ高さとなっている(金門県を除く)。

 台中市の社会増は、台北市・新北市から他県市に向かう人口流出の流れと関係している。年による差はあるが、台北市はこの10年ほど、人口流出が流入を上回る傾向にある。また、新北市は、長年にわたって住宅コストや物価の高い台北市からの転出者の受け皿となってきたが、14年以降はついに人口流出地域に転じた。

 台北・新北の「双北市」を離れる人々の流れの恩恵を最も受けているのが、桃園機場捷運(桃園空港MRT)の開通もあって台北圏との交通がぐんと便利になった桃園だ。同市は台北圏からの人口流出者の受け皿となって、現在、人口増加率、人口流入率、出生率が台湾一高い「3冠王」となっている。

 台北圏からの流出者の流れは、桃園を越えてさらに台中圏にまで到達している。内政部の統計から、17年1~6月の台中市への転入者の転入元構成を見ると、「双北市」が2割を占め最大の流入元となっている。加えて台中市は、南部からも人を引き寄せている。昨年の台中市と高雄・台南両市との間の流出入をみると、台中市の1,000人強の純流入であった。このように台中市は、インフラ整備をはじめとする都市環境の改善と、機械産業をはじめとする競争力ある製造業の集積の厚みによって、生活コストが高騰した台北圏と、産業の低迷に悩む南部の双方からの人の流れを引きつけているのである。

「台湾の名古屋」、台中が持つ意義

 筆者は90年代半ば、靴産業や機械産業の調査のため、足繁く台中に通っていた時期がある。開けた平野を走る幅の広い道路、中小機械メーカーの分厚い集積、倹約家でありながら派手好みな一面も持つ気風、そして「中部」という呼称など、台中は名古屋によく似た土地柄だなぁというのが筆者の勝手な感想だった。

 その名古屋を中心とする愛知県は、少子高齢化と首都圏への一極集中が進む日本の中で、ほぼ唯一、優れた産業競争力で人口を引き寄せ続けている地域である。80年代半ば以降、エレクトロニクス産業を擁する北部への富の集中と少子高齢化が進んだ台湾にあって、台中市もまた、独特の活力で人の流れを引き寄せる力を持った都市として存在感を高めている。

 産業にせよ、地域にせよ、1本の大黒柱に過度に依存した構造は不安定だ。その点で、ここ数年勢いを増している「双北市」からの人口流出は、台湾の長期的な社会発展という視点からはプラスに働く可能性を持つ。ただし、彼ら・彼女らが向かう先は、主に、桃園や台中といった少数の都市だ。科学工業園区を擁する台南市も、人口面では停滞を余儀なくされている。

 近年の台湾では、「天龍国」とも揶揄(やゆ)される台北市の突出した繁栄ぶりを、それ以外の地域と対比する論調がしばしば見られる。しかし、ここ数年の動きが示すように、台湾の人の流れはよりダイナミックだ。どんなに働いても家を購入できる見込みの立たない「天龍国」に見切りをつける若者も増えている。台湾の国土発展をみていく上では、台中や桃園といった二番手都市の盛衰や相互競争も含めた、より多面的な視点が必要だろう。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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