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第122回 郭台銘待望論から見る台湾社会の不満感


ニュース その他分野 作成日:2017年7月11日_記事番号:T00071616

台湾経済 潮流を読む

第122回 郭台銘待望論から見る台湾社会の不満感

歯止めがかからない満足度低下

 蔡英文政権の「満足度」の下落に歯止めがかからない。政権発足1周年に合わせて各社が行った世論調査では、「不満足」と答えた人の割合が6割前後に達し、「満足」を上回った。不満の最大の原因となっているのが、経済政策だ。

 『遠見雑誌』(4月号)が行った調査では、「政府が最優先に取り組むべき政策は?」との問いに対して、「経済発展の促進」と答えた人が6~7割と圧倒的に多かった。一方、政権選択の際に重要なイシューとなった両岸(中台)関係や、移行期正義といった政策課題を最重視すると答えた人の割合は、いずれも1割前後にとどまった。世代を問わず、人々が経済成長を最重視していることが分かる。そして、人々が最も期待している経済政策の面で、蔡政権は強い不満の対象となっている。

 とはいえ、政権発足以来、台湾の景気は外需にけん引されて着実に回復しており、失業率も3.7%(5月)と、この十数年の中でも低くなっている。統計を見る限り、経済情勢にはささやかながらも明るい兆しが見えつつあるのだ。それにもかかわらず、「経済」を理由として政権への不満が強まっている原因は、やはり「一例一休(週休2日制)」問題のいまだ収まらない余波にある。世論調査の結果からは、この政策でのつまずきが、労使双方の強い不満を招き、元々は労働者保護という社会政策的な色彩を有していたはずの労働基本法(労基法)改正が「経済問題化」して、人々の不満を高めていることがうかがわれる。

郭台銘待望論の背後にあるもの

 ただし、よく指摘されるように、政権への「不満足」は「不支持」とは異なる。『財訊』(5月18日号)の調査では、「蔡総統が引き続き国を率いることを支持するか」との問いに対して、「支持する」と答えた人は55%と「支持しない」の39%を上回った。「蔡政権には不満だが支持する」という人の割合は決して小さくはない。

 それ以上にこの調査で興味深いのは、「総統選挙が明日行われるとすれば誰を支持しますか?」との問いに対して、鴻海精密工業の郭台銘氏の名前を挙げた人が28%と、蔡英文の23%(2位)を上回ったことである。3位以下には頼清徳(14%)、柯文哲(11%)、朱立倫(10%)、呉敦義(3%)が続く。蔡英文のライバルは、与野党の政治家ではなく、巨大企業のCEOなのである。

 最近の台湾でにわかに広がりつつあるこの「郭台銘待望論」の背景には何があるのだろうか。第一に挙げられるのが、野党を含む既存政党への失望感だ。「Yahoo奇摩新聞」が5月に行った調査によると、蔡政権に不満足と答えた人の割合が68%に達した一方、国民党、時代力量に「不満足」と答えた人の割合もそれぞれ71%、66%に達していた。人々が、蔡政権に対してだけでなく、ブルー系・グリーン系を問わず、既存政党と政治家に対して不満感を抱いていることが見て取れる。

 第二に、台湾社会に根強い「強いリーダーシップ」「大胆な改革」への待望論だ。台湾メディアによる蔡政権不人気の背景分析に共通しているのは、台湾の経済社会が直面する閉塞感を打破するには思い切った改革が必要であり、蔡は実務能力やバランス感覚には優れているが、反対を押し切って改革を推し進めるリーダーシップに欠けている、という見立てである。

「問題は経済なのだ」

 台湾は、民主主義的な熟議を重んじ、社会的弱者の権利や格差是正を重視する社会である。「ヒマワリ運動」から政権交代に至る政治変動の底流には、この理想主義と台湾本土主義の共鳴があった。しかし、いったん政権交代が実現すれば、人々の関心は自然と「暮らし向き」という現実的な問題へと向かう。そしてそれは、昨今の景気回復程度のささやかな好転によっては満たされない。

 郭台銘という、強権的な手腕で知られ、競争と力を重視するスーパー資本家への待望論には、昨年の大統領選挙時に米国で浮かび上がったのと同様の台湾社会が抱える鬱屈が見てとれる。

 「問題は経済なのだ、愚か者(It’s the economy, stupid.)」―――。1992年の米国大統領選挙で、ビル・クリントン陣営はこの合言葉を掲げ、外交面で成果を挙げていたジョージ・ブッシュ政権の経済政策を批判して、勝利を手にしたという。与野党の好敵手ではなく、巨大企業の経営者という思いがけない「仮想ライバル」に直面することとなった蔡英文政権の浮沈は、この「経済という問題」への取り組みの行方にかかっているのだろう。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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