ワイズコンサルティング・グループ

HOME サービス紹介 コラム グループ概要 採用情報 お問い合わせ 日本人にPR

コンサルティング リサーチ セミナー 経済ニュース 労務顧問 IT 飲食店情報

第126回 ビッグデータからみる台湾の低賃金問題


ニュース その他分野 作成日:2017年11月14日_記事番号:T00073920

台湾経済 潮流を読む

第126回 ビッグデータからみる台湾の低賃金問題

 今年8月に財政部が発表した調査レポート(「財政ビッグデータから台湾の近年の賃金の様相を探る」)は、近年台湾で社会問題になっている若者の低賃金問題や所得格差の実態を知る上で大変有益な資料だ。このレポートでは、財政部や内政部、労働部の各種データを突き合わせて、約510万人分の賃金収入(2015年)の分析を行っている。そこからは、台湾の労働問題を理解する上でのポイントがみえてくる。

給与の伸び率が高い女性と中高年

 このレポートでは、11~15年のデータが公表されている。5年という短い期間ではあるが、近年の変化の特徴をみてとることができ、興味深い。

 11~15年の間に、約500万人の就業者の月給のメディアン(中央値)は、3万3,300台湾元から3万5,138元に上昇した。注目されるのが、女性と中高年層の平均月給の伸び率の高さだ。5年間の男性の給与の伸び率が5.2%であったのに対して、女性の伸び率は6.1%であった。

 ただし、女性の社会進出が進んでいる台湾でも、女性の平均月給は男性の72%と、賃金面での男女格差は小さくはない。月給2万2,000元以下の就労者の比率が男性では2割なの対し、女性は3割と高いことが影響している。

 また、女性にはいわゆる「高給取り」が少ない。月給10万元以上の高給所得者はサンプル全体の7%程度を占めるが、その83%は男性である。これらの高給就業者の多くは半導体、IT(情報技術)関連、金融セクターの中高年世代だ。これらの業界で高位ポジションに就く女性が少ないことが影響している。

 また、平均月収の伸び率に、世代間で大きな違いがあることも目を引く。15年までの5年間に、40代は10%、さらに61~65歳では12%も月給が上昇したのに対し、20歳代、30歳代の上昇はわずか2.9%、1.4%にとどまった。2010年代の台湾の経済社会に影を落とす「若者の賃金伸び悩み」が、政府のビッグデータからも裏付けられたことになる。

産業構造の変化による世代間格差

 それにしてもなぜ、10年代前半の若者の賃金は、中高年層に比べてこんなに伸び悩んでいるのだろうか。逆に言えば、中高年層の給与所得が比較的順調に伸びているのはなぜなのか。さまざまな要因が考えられるが、一つの鍵は、若者と中高年層が多く働いている産業の違いだ。

 主計総処のデータから、15年の産業別の就業者の年齢構成をみると、賃金水準が低いセクターに若者が多く雇用されていることが分かる。典型的な低賃金セクターである「宿泊・飲食業」では、15~24歳の労働者の比率が18%と高い。これに対して、賃金水準が相対的に高い製造業では、15~24歳の労働者が占める比率はわずか6%で、25~44歳のグループが全体の62%を占めていた。

 宿泊飲食業、小売業、レジャー関係業等の平均賃金が低いのは、就労者に占める若年層の比率が高いことにも一部起因する。しかしこれらの産業で働く若者にとって問題なのは、これらの職種では長く働いても人的資本が蓄積されにくく、年齢が上がっても給与がなかなか増えないことだ。10年後、20年後の自分の生活が今より豊かになっているという見通しが持ちづらいのである。

 一方、高賃金セクターの代表格であるエレクトロニクス産業では、状況が大きく異なる。これら産業では、台湾内の雇用は研究開発やマーケティングといった専門性の高い活動にシフトしている。こうした職種では、時間とともに人的資本の蓄積が進むため、年齢とともに所得が順調に上昇する。問題は、これらのセクターが台湾で生み出す雇用拡大のピークは既に過ぎており、若者が参入できる余地がかつてに比べて狭まっていることだ。

求められるサービス産業の成長戦略

 これまで台湾の産業政策の重点は、経済の大黒柱であるハイテク産業や、スマートマシン、バイオテクノロジーといった技術集約型の製造業に置かれてきた。確かにこうした産業が順調に拡大し、良質な雇用を新たに生み出せば、若者の労働環境は改善する。また国際競争力を持つ製造業の成長は、そこで働く人々の消費行動を経由して、台湾のサービスセクターへの需要拡大を引き起こす。

 しかし、こうした間接的ルートを通じたサービス産業の成長誘発に期待するだけでは、若者が直面する低賃金問題は到底解決できそうにない。ますます多くの若者の働く場となりつつあるサービス産業の生産性をどのように引き上げていくのか。政府には新たな戦略と政策が求められている。

参考資料)財政部統計処「由財税大数據探討台湾近年薪資様貌」17年8月。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

台湾経済 潮流を読む