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第131回 「恵台31項目」にみる中国のしたたかな対台湾戦略


ニュース その他分野 作成日:2018年4月10日_記事番号:T00076410

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第131回 「恵台31項目」にみる中国のしたたかな対台湾戦略

 中国国務院台湾事務弁公室(国台弁)は2月28日に、31項目から成る台湾企業、台湾人向け優遇策を発表した。中国にとっては、海峡両岸経済協力枠組み協議(ECFA)の締結以来、最大規模となる台湾向けの「利益供与策(恵台政策)」である。2014年の「ヒマワリ学生運動」の発生以来、調整局面にあった中国の対台湾統一工作の新たな方向性を示すものであり、大いに注目される。

「浸透」から「引き寄せ」へ

 中国は、08年の馬英九政権の発足を機に、台湾産の農水産物の買い付けや観光客の送り出しといった台湾への経済利益の供与を行い、台湾の世論の取り込みを図ってきた。馬政権第1期(08~12年)には、中国の地方政府の首長や国台弁関係者らが台湾各地に足を延ばし、農産物や工業製品の大規模買い付けを発表するパフォーマンスも頻繁に行われた。しかし、このような試みは、中国が意図した対中感情の改善にはつながらず、むしろ中国の政治的・経済的影響力の強まりに対する人々の反発を生み出した。14年の「ヒマワリ学生運動」、16年の民進党への政権交代はいずれも、中国の政治的・経済的な影響力が台湾の中にじわじわと侵入してくることへの台湾社会の危機感の現れであった。

 今回発表された「31項目」は、台湾企業への中国での事業機会の開放、台湾人の中国での就労機会の開放を主な内容とするものだ。その狙いは、中国の巨大な経済パワーを武器として、台湾の企業と人々──特に若者を中国へと引き寄せ、両岸(中台)間の経済統合を一層深めることにある。

 「台湾への浸透」から「中国への引き寄せ」へ。政権党間での対話や交渉の代わりに、一方的な優遇策の発表を通じた台湾の企業と個人への直接的な働き掛けへ──。「31項目」の内容からは、中国の対台湾統一工作の新たな方向が見て取れる。その背後にあるのは、グローバルパワーとして興隆を遂げた中国の自信と、したたかな対台湾戦略だ。

加速が懸念される人材流出

 「恵台31項目」は、企業向けと個人向けに大別できる。台湾企業向けとしては「中国製造2025」プランや「一帯一路」計画への参加、政府調達への参加、国有企業の所有改革への参加、ハイテク企業向けの税減免適用などが含まれる。台湾企業に「準国民待遇」を与える内容であり、建設企業やハイテク企業に新たなビジネスチャンスを開く内容である。

 個人に焦点を当てた施策としては、台湾人の大学教員、研究者、医師、金融業専門職、映画・ドラマ業界関係者といった専門職人材の中国での就業促進策が多数盛り込まれている。多くの専門職資格の受験機会も新たに開放される。これにより、既に台湾社会に影を落としている専門職人材や若者の対中流出が、さらに加速する可能性がある。

 人材流出の加速が最も懸念されている産業のひとつが、映画・テレビ業界である。これまで中台合作の作品では、スタッフに占める台湾人の比率等に制限があった。今回の措置でこれが取り除かれたことにより、巨大な市場に引き寄せられて海を渡る業界人がさらに増えるものと予想される。

 高等教育人材の流出も懸念されている。中国の大学の中には、台湾での数倍の年俸を提示して教授陣をヘッドハントしているところもあるという。今回の措置により、中国の大学での昇進審査に台湾での学術成果を含むことができるようになったほか、台湾人研究者が中国の国家自然科学基金等に応募できるようになった。その吸引力がどれほどのものか、長期的に持続可能なものかは議論が分かれるところだが、台湾の大学が「斜陽産業化」しつつある中、中国に活路を求める大学人が増える可能性は高い。

 近年、両岸の「教育交流」は、教員レベルから学生レベルにまで広がっている。中国の学生と同等の学費で名門大学に進学できること、台湾人高校生の受験資格が段階的に緩和されていることもあって、中国の大学・大学院で学ぶ台湾人学生の数は年々増えており、16年で1万人を越えるという(『新新聞』No.1618)。その中には多くの在中台湾人ビジネスマンの子どもが含まれているが、台湾の高校生とその親の間でも、中国での大学進学への関心が高まっているという。台湾人卒業生の中には中国での就職を希望する者も多く、今回の「31項目」措置は、彼(女)らが中国にとどまり、就労していく上での選択肢を増やすことになる。就学と就職の橋渡しが円滑になることで、「人」レベルの両岸融合が一層進むことを中国側は強く期待している。

「恵台」か「利中」か

 台湾政府は、この31項目の「恵台」政策を「対台」政策と呼び、そのインパクトに神経を尖らせている。実際、この31項目は、「恵台」政策としての側面とともに、施俊吉・行政院副院長が指摘する通り、中国にメリットをもたらす「利中」政策としての性格を持つ。高い技術や専門知識を持つ台湾の企業・個人の「引き寄せ」は、産業の高度化、イノベーションの活性化、インフラ建設に力を注ぐ中国にとって、具体的なメリットがあるからだ。

 対台湾優遇策は、近年の中国の外資全般に対する門戸開放策、積極活用策の一環でもある。グローバルな経済パワー、イノベーションの新たな拠点として、世界経済の中に確固たる地位を占めつつある中国にとり、台湾の企業や個人は、活用可能な資源でこそあれ、もはや、自国の産業や企業にプレッシャーをもたらすライバルではない。台湾の企業や若者を中国へと引き寄せ、これを経済発展へと結び付け、さらに台湾の対中経済依存度を深めて、統一に有利な環境を醸成する──。「恵台31項目」には、中国のしたたかな対台湾戦略と、大国としての自信が見て取れる。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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