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第135回 米中貿易戦争が台湾にもたらす試練


ニュース その他分野 作成日:2018年8月14日_記事番号:T00078689

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第135回 米中貿易戦争が台湾にもたらす試練

対米輸出上位を占める台湾勢

 米国と中国の関税引き上げ合戦がエスカレートし、「貿易戦争」の様相を呈しつつある。今月1日にトランプ大統領が指示した追加関税引き上げの第3弾が実行に移されれば、米国の昨年の中国からの輸入額の半分近くが高率関税の対象となる見込みだ。

 2000年代のアジアの経済成長は、グローバルな産業内分業の発展と軌を一にして進んできた。中国の対米貿易黒字は、中国が単独で生み出したものではなく、国境を越えた産業内分業に参加する世界各国の企業によってつくりだされたものだ。当然そこには多数の米系企業も含まれている。グローバル経済の実態を無視した「貿易戦争」は、世界経済に深刻な影響をもたらしかねない。

 中国の対米輸出額上位100社のうち、台湾系企業は4割近くを占めている。上位10社には、鴻海精密工業、広達電脳(クアンタ・コンピューター)、和碩聯合科技(ペガトロン)などが名を連ねている。現時点では、スマートフォンやノートパソコンなどの消費者向けのハイテク製品は対中制裁の対象に入っていないが、台湾にとって最も重要な2大貿易パートナーの間で対立が激化すれば、影響は避けられない。

 米中貿易摩擦のはざまに立たされる台湾企業は、この状況にどのように対応していくのだろうか。摩擦の激化は、台湾にどのようなインパクトをもたらすのだろうか。

海外拠点再編の可能性

 台湾企業がとり得る対応策として真っ先に考えられるのが、海外拠点の見直しだ。鴻海の動きを挙げるまでもなく、トランプ政権の成立後、台湾企業の間では、米国投資への関心が高まっていた。これに加え、中国に代わる生産拠点として、ベトナムをはじめとする東南アジアへの投資が活発化する可能性が考えられる。台湾への回帰を進める企業もあるだろう。

 台湾政府にとって、貿易・投資面での対中依存度の高さは、東南アジアやインドとの関係強化を目指す「新南向政策」などを打ち出して変えようとしても容易には変えられない、悩みのタネだった。米中間の経済摩擦の先鋭化は、期せずして、台湾企業の対外投資のパターンに変化をもたらす可能性がある。ただ、トランプ政権の長期的な方針が予測できず、海外拠点の新設・再編にかかるコストと関税節約効果の比較について不透明な点が多い状況で、実際にどの程度の投資行動の変化が起きるかはまだ分からない。

ZTE事件の衝撃

 台湾のメディアでは、米中貿易戦争の余波で、中国による台湾のハイテク人材の引き抜きがさらに激化することを懸念する声もある。その可能性は確かに高そうだ。

 米中間の対立は、ハイテク技術をめぐる覇権争いとしての側面を持つ。トランプ政権は、中国が15年に打ち出したハイテク産業育成策「中国製造2025」計画への警戒感を強めており、米中交渉でもこれを議題に取り上げている。一方、習近平政権は、この計画の下、航空・宇宙、ロボット、バイオ、情報技術といったハイテク産業の育成に総力を挙げている。中でも半導体産業は、16兆円ともいわれる巨額の資金を投じて育成を図るメーンターゲットだ。

 4~6月にかけて世界の耳目を集めた米国による中興通訊(ZTE)への制裁は、中国に、半導体チップの供給を米国に依存することのリスクを痛感させた。

 この事件では、中国の代表的な国有通信機器メーカーであるZTEが、イランや北朝鮮との取引に関与したとして米国企業との取引を7年間禁止され、基幹部品であるクアルコムの半導体チップなどの「兵糧攻め」に遭って、苦境に陥った。ZTEへの制裁は、多額の罰金の支払いなどを条件に6月に解除されたが、中国の急所をつくものとなった。この事件は結果的に中国による自前の半導体先端技術の開発への取り組みをさらに加速させる効果を持つことになりそうだ。

強まる中国の「磁石効果」

 米国が中国への技術流出に神経を尖らせる中、半導体産業でのキャッチアップを図る中国にとって、技術の獲得源としての台湾、韓国の人材の重要性は増している。中でも台湾は、中国の「磁石効果」が最も効きやすい相手だ。『商業周刊』(1599期)の報道によると、現在、中国の半導体メーカーで働いている台湾人は2,000人、その台湾拠点で働いている台湾人は1,000人ほどに上るとみられる。今後、引き抜きの規模がさらに拡大することが予想される。

 中国が国家の総力を挙げて取り組むハイテク産業育成策は、台湾企業にビジネスチャンスをもたらす可能性がある。しかし、米中間の「ハイテク冷戦」が先鋭化すれば、台湾は、グローバルバリューチェーンの不安定化に翻弄され、さらに人材流出の拡大に悩まされることになるかもしれない。米中貿易摩擦の行方が注目される。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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