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第139回 東アジアのスマホ産業を覆う暗い影


ニュース その他分野 作成日:2018年12月11日_記事番号:T00080880

台湾経済 潮流を読む

第139回 東アジアのスマホ産業を覆う暗い影

不透明感を増すスマホ市場

 2018年も残りわずかとなった。米中間での貿易、ハイテク技術をめぐる激しいさやあて、統一地方選挙での民進党の大敗北など、台湾の政治と経済を揺るがす出来事が続いており、先行き不透明感が増す中で、1年が終わろうとしている。

 台湾のハイテク産業の景況を大きく左右するスマートフォン市場の動向にも、暗い影が忍び寄っている。IDCのデータに基づく各社の報道によれば、世界のスマホの出荷台数は、17年に続いて18年にも前年の実績を割り込む見通しだ。台湾メーカーにとっての恩恵の大きさから、「1台のスマホが台湾を救う(「一支手機救台湾」)」と形容されてきたiPhoneも、新型機種の売れ行きが振るわず、鴻海精密工業(ホンハイ)が人員削減に踏み切るとの観測が流れている。サムスン電子や中国の地場ブランド各社の業績にも勢いがない。さらに直近では、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の孟晩舟副会長がカナダで逮捕されるという衝撃的な事件や、日本政府がファーウェイおよび中興通訊(ZTE)の製品を政府調達から除外する方針を決めたといったニュースが、業界を揺るがしている。

韓・台・中の強みと戦略

 スマホ産業は、エレクトロニクス機器の中でもとりわけ、バリューチェーンの国際化が進んだセクターだ。この産業では過去10年近くにわたって、韓国、台湾、中国のメーカーが、三者三様の戦略と優位性で、時に激しく競争し、時に緊密な協業を繰り広げながら、市場の拡大を牽引(けんいん)してきた。

 韓国のスマホ産業の主役は、言うまでもなく、世界のトップブランドとなったサムスンだ。その特徴は、自社でのパネルと端末の生産、自社ブランド販売を核とする垂直統合型のビジネスモデルにある。また、主要メーカーの生産拠点が中国に集中しているのに対して、サムスンやLGエレクトロニクスは、中国に加えてベトナムにも大型のスマホの組立工場を有している。

 これとは対照的に、台湾企業はバリューチェーンの中の特定の部品や機能に特化することで、スマホビジネスに食い込んできた。特に、アップルのサプライチェーンに占める台湾企業の存在感は際立っている。鴻海や和碩聯合科技(ペガトロン)がiPhoneの受託生産パートナーであることは広く知られているし、iPhoneの部品サプライヤー数の国・地域別ランキングでも、台湾は、米国、日本を制して首位の座にある。また、成長著しい中国のスマホ企業のサプライチェーンにも深く食い込んでいる。

 中国は何と言っても、世界最大のスマホの生産地、かつ最大の市場として重要だ。17年の世界の携帯電話(HSコード851712)の輸出額をみると、中国と香港が合わせて65%を占めていた。また、富士キメラ総研のデータ(「ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査」)を基に、スマホの世界生産に占める中国のシェアを計算すると、約8割と推計される。

 中国のスマホ産業でも、企業間分業が進んでいる。中国ブランドの代表格といえば、ファーウェイやZTEのような、米国に強い警戒感を抱かれるまでに実力を高めたハイテク型の企業が目立つが、聞泰科技(ウイングテック)、華勤通訊技術(ホアチン)といったスマホの設計専門企業(IDH)も著しい発展を遂げており、「縁の下の力持ち」として小米集団(シャオミ)やOPPO広東移動通信のものづくりを支えている。これらのメーカーの役割や強みは、台湾のパソコン、液晶テレビのODM(相手先ブランドによる設計・生産)メーカーと相通じるところがあるが、台湾のODMメーカーがグローバルな産業内分業の中で飛躍を遂げたのに対して、中国のIDHは、主として中国ブランド向けのサプライチェーンの中で成長を遂げてきた。

米中双方との深いリンケージ

 このように、互いに異なるビジネスモデルと競争優位を持つ韓・台・中のスマホ産業であるが、いずれも、来年以降、米中貿易摩擦や市場の飽和傾向の影響を受ける事態は避けられそうにない。

 この中では、韓国勢が、生産拠点の脱・中国化に早くから取り組んできた点で、相対的に有利であると思われる。一方、台湾企業は、アップル陣営の主力メンバーであると同時に、中国企業のサプライチェーンにも食い込んでいることから、米中対立の余波をもろに受ける可能性が高い。ファーウェイ、シャオミ、OPPOといった上位企業は、台湾の部品メーカーにとって、内蔵カメラ、金属筐体(きょうたい)、プリント基板(PCB)、液晶駆動ドライバICといった部品の大口顧客だ。アップルのサプライチェーンの動向も、中国のスマホメーカーの動向や中国市場の消費マインドの行方も、ともに気掛かりだ。

 スマホ産業のイノベーションを牽引してきたのは、クアルコム、アップルといった米企業であった。一方、これらの技術の商品化と市場の拡大を牽引してきたのは、中国だ。米中摩擦の激化は、過去10年近くにわたって東アジアの産業発展と経済統合を引っ張ってきたスマホ産業のバリューチェーンの最も重要な二つの構成員の関係を激しくきしませている。その影響の波をもろにかぶる位置にある台湾企業にとって、来年は波乱に満ちた年になるのではないか。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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