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第137回 大学発スタートアップの活性化と政府の役割


ニュース その他分野 作成日:2018年10月9日_記事番号:T00079729

台湾経済 潮流を読む

第137回 大学発スタートアップの活性化と政府の役割

スタートアップ育成の活発化

 この数年、台湾を含む東アジアの多くの国・地域で、ハイテク・スタートアップの育成を柱に据えたイノベーション促進策が活発に行われるようになっている。その背後には、インターネットやオープンソースの広がりとともに生まれた新たな技術やツールによって、起業やイノベーションのかたちが大きく変わったこと、この流れを受けて、米国、中国、シンガポールなどから、わずか数年のうちに爆発的な成長を遂げるスタートアップの成功事例が次々に現れたことといった世界的な潮流がある。

 また台湾に固有の要因として、「ヒマワリ学生運動」以来、若者を取り巻く経済環境の改善が重要な政治課題となり、その対応策の一環として若年層の起業支援に光が当てられるようになったこと、中国による台湾の起業家誘致策に対抗していく必要が生じていることといった事情もある。こうした状況の下、2013~14年ごろから、政府は、起業・イノベーション支援策を次々と打ち出すようになった。

台湾スタートアップの現状

 台湾のスタートアップの現況をいくつかのデータからみてみよう。台湾経済研究院(台経院、TIER)がさまざまなデータを総合して推計した台湾のスタートアップの数は、17年末の時点で約3,500社であった。分野別にみると、情報技術・応用(約20%)、インターネット応用技術(約14%)、生活関連サービス(13%)などが上位を占める。同じく台経院が集計した、主要アクセラレーターの支援対象や大型コンペティションで入賞した有望なスタートアップ335社をみると、インターネット技術を利用したeコマース(電子商取引、EC)、オンライン・ツー・オフライン(O2O)などの分野が61社、モノのインターネット(IoT)関連が34社、人工知能(AI)関連が27社となっている。

 台湾に限らず、スタートアップの数を把握したり、パフォーマンスを評価したりすることは難しい。以上でみた数字はあくまで一つの参考ではある。それでも、着実にスタートアップが成長し、新たな領域を切り開きつつある状況がみて取れる。

 台湾は従来より、活発な起業文化を持つ社会である。また、歴史的にシリコンバレーとの間に強いつながりを持つため、米国型のスタートアップの隆盛、起業を通じたイノベーションといった新たな流れにも敏感に反応できたものと思われる。加えて、10年代以降、政府が起業・イノベーション政策に資源を投入するようになったことも、この流れを後押ししている。

FITIプログラム

 台湾政府による数あるスタートアップ支援策の中で、筆者が特に注目しているのが、12年に現在の科技部のイニシアチブで始まったFITIプログラム(イノベーション・創業激励プログラム)だ。これは大学発のチームを主な対象として、6カ月間の起業トレーニングを提供するプログラムである。起業を目指す若手研究者、学生たちが、合宿や講義に参加し、台湾出身のシリコンバレーの起業家や台湾の大企業の幹部たちからのメンタリングを受けつつ、事業化に向けた準備を積んでいくという内容だ。プロトタイプ作りなどの面での支援もある。

 このプログラムに参加するチームは、段階的にふるいに掛けられ、次のステップに進むたびに奨励金やシードマネーが提供される。まず、プログラムに選ばれた30~40のチームには、3万台湾元(約11万円)ずつの奨励金が与えられる。第1次セレクションに残った20弱のチームは、さらに10万元を獲得する。デモ・デイを経て10弱に絞り込まれたチームにはさらに25万元が、そして最終セレクションに残ったチームには賞金・シードマネーが合わせて200万元支払われる。

 次のステップに進むことができなかったチームは、フィードバックを通じて、自分たちに足りないものを知り、再起を期する。最後まで勝ち抜いたチームは、創業資金に加えて、半年間のプログラムを通じてメンタリングやネットワークづくりの機会を得ることができ、起業という目標への距離をぐんと縮めることができる。それぞれのチームに学びの機会と奮起のきっかけを提供するプログラムだ。

 昨年4月までの累計で、FITIプログラムの参加者は、361チーム、約2,000人に上った。113のスタートアップが生まれ、11億元の民間資金を呼び込んだという。しかし、このようなデータにも増して重要なのは、FITIプログラムが一つのきっかけとなって、大学の中にスタートアップへの強い関心が生まれ、その実現を支える手だてが提供され、利用されるようになったことだ。

 筆者は何度か、台湾のスタートアップ関連のイベントに参加したことがあるが、出るたびにその盛況ぶりに驚かされる。参加者たちに聞くと、この数年、キャンパスの中で起業への関心は高まっているという。それは、世界的な趨勢(すうせい)に呼応したものであるとともに、政府の取り組み、これに協力する大企業、そして大学の中に生まれた変化の現れでもあると思われる。新たな起業・イノベーションのダイナミズムの行方が注目される。

【参考文献】
「2018台湾新創生態圏大調査」(https://www.pwc.tw/zh/publications/topic-report/2018-taiwan-startup-ecosystem-survey.html より入手可)。
Findit.org.twの掲載記事、2018年1月23日分。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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