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第143回 急増から急減へ向かうシリコンバレーの中国マネー


ニュース その他分野 作成日:2019年4月9日_記事番号:T00082880

台湾経済 潮流を読む

第143回 急増から急減へ向かうシリコンバレーの中国マネー

 先月、約2年ぶりにシリコンバレーを訪問した。サンフランシスコ湾岸エリアのスタートアップ・ブームは相変わらず熱を帯びており、この地に集う新興企業の顔触れも、以前にも増して国際化していた。日本企業の展開も活発化しており、訪問先のアクセラレーターでは多数の日本人を見掛けた。

 訪問中、シリコンバレーに駐在している台湾の政府機関関係者らや、在住の台湾人起業家・エンジニアと面会した際に頻繁に出た話題が、米中ハイテク摩擦の華人コミュニティーへの影響だ。

中台コミュニティーの協力

 2000年代初頭以来、シリコンバレーでは、台湾人、中国人のコミュニティーが緩やかな連携を保ちながらそれぞれに発展を遂げてきた。筆者がこの地域の台湾人ハイテク移民コミュニティーについての調査を始めた5年前、この二つの華人系グループは、相互補完的な協力関係で結ばれていた。

 シリコンバレーには、成功した台湾人起業家が数多く住んでいる。彼らの多くは、1970~80年代に理工系の留学生として渡米し、ハイテク企業で勤務した後、90~00年代初頭にシリコンバレーで創業した人々だ。連続起業家として財を成した台湾出身者たちの多くは、既に経営の第一線を退き、エンジェル投資家として活動している。

 一方、中国からの理工系留学生が急増したのは00年代半ば以降のことだ。シリコンバレーの中国人ハイテク移民の多くは、この中から生まれた。

 この二つの華人系グループの間には、親子ほどの年齢の開きがある。90年代末以降、台湾からの留学生が減ったこともあって、シリコンバレーの台湾人の中には、中国人エンジニアたちが起業する際に出資者となり、資金面や経営面で多大なバックアップをしたエンジェル投資家が少なくない。

中国マネー流入

 しかし近年、中国からの資金がシリコンバレーに大量に流入するようになったことで、この構図には変化が生じた。過去10年間、中国は米国のハイテク産業に累計で350億米ドル以上の投資をしてきたとされる。18年には、中国のベンチャーキャピタルの対米投資額が、史上最高額の31億米ドルに達した(米調査会社・ロディウムグループ ウェブサイト)。

 シリコンバレーでは、5年ほど前から、中国の地方政府による拠点の設立、米国の有望なスタートアップを中国へと「持ち帰る」ことを目的とした中国系のアクセラレーター・プログラム設立の動きなどが活発になっている(ロイター通信ニュース、2018年5月17日)。これに伴い、シリコンバレーにおける中国の存在感は、エンジニアや起業家としての活躍といった個人レベルから、政府の強力なバックアップや豊富な資金力、市場としての魅力といった国家レベルのものへと変容した。

 今回の出張では、台湾人コミュニティーから「中国のテックビジネスやハイテクマネーは独自の動きをしているので、全容がよく分からない」という声を何度か耳にした。シリコンバレーでの台湾人と中国人の協力関係は、個別には今でも続いているのだろうが、急速に拡大した政府系の中国マネーのプレゼンスの陰に隠れつつあるようだ。

米中対立による急ブレーキ

 だが昨年来、米中ハイテク摩擦の勃発により、中国のシリコンバレー進出の動きには急ブレーキがかかっている。米国では、18年8月に「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」と「輸出管理改革法(ECRA)」が成立し、安全保障上の懸念のある外国への最先端技術の流出を阻止する姿勢が鮮明になった。また、FIRRMAのパイロットプログラムにより、半導体や通信などを含む27の産業について、投資の事前申告を義務付け、米国の安全保障を脅かすと判断された案件を差し止めることが可能になった。これらの規制強化のターゲットが、中国に向けられていることは明らかだ。

 この結果、中国政府が対外投資に抑制的な姿勢を取るようになっていることもあって、18年の中国による対米投資は、対前年比84%減の48億米ドルにとどまった(ロディウムグループ ウェブサイト)。ロディウムグループによれば、18年には最高額に達した中国のベンチャーキャピタルによる対米投資額も、19年に入って大きく減少しているようだ。

 シリコンバレーは、台湾のハイテクコミュニティーにとって、米国のみならず、世界のスタートアップやハイテク技術の流れとつながる場として重要な意味を持っている。中国マネーの急増から急減への局面転換は、シリコンバレーにどのような影響をもたらすのか。それは、この地の台湾系、中国系コミュニティーの関係にどのような影響を及ぼすのか。この1~2年の動きが重要な鍵となりそうだ。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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