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第145回 台湾はリケジョが育ちにくい社会か?


ニュース その他分野 作成日:2019年6月11日_記事番号:T00084003

台湾経済 潮流を読む

第145回 台湾はリケジョが育ちにくい社会か?

「男は理系、女は文系」意識

 台湾は、アジアで最もジェンダー平等度の高い社会だ。女性の政治参加、労働力率、保健面などのデータを基に算出されるジェンダー不平等指数(GII、値が低いほど格差が小さい)を見ると、台湾の2017年の値は0.056とアジアで最も低く、世界でも8番目の低さだ(行政院性別平等会のデータ)。

 しかしその台湾でも、高等教育の分野では、男性が理工系、女性が文系に偏る性別分離が起きており、しかもその度合いは他のアジア諸国・地域に比べて大きいことが指摘されてきた。

 台北大学社会学部の陳婉琪教授は、経済協力開発機構(OECD)が3年ごとに行う15歳の生徒の学習到達度調査(PISA)を用いて、00年代半ばの理系科目の学習に対する性別間の差異を分析した。同教授の15年の研究によると、台湾の生徒の理科の平均点の性別間格差は小さいが、「理科の勉強を続けたいと思う」「理科の勉強に対して関心がある、面白いと思う」といった意欲や関心面での質問への回答では、男女間で大きな違いがあるという。しかもその格差は、調査対象国・地域の中でそれぞれ1位と2位で、非常に高い。

 ちなみに、日本はそれぞれ3位と1位である。日本と台湾は、男女共に学力の高い社会なのに、理系科目への意欲の男女差という点では、ワーストを競い合っているのだ。この背後にはどのような要因があるのだろうか。

 東華大学経済学博士候補の池伯尉氏らは、1996~2010年の大学入試のデータ約15万人分を用いて、男女の学科選択の違いを決める要因を分析した。池氏らの近刊によると、理工系を選択する確率の男女間での違いのうち、関連教科の成績の違いによって説明されるのは3~4割程度であり、残りの6~7割は、家庭環境や文化・社会規範といった要因によるという。日本もそうだが、「男性は理系、女性は文系」という文化的な刷り込みが、親や教師の意識や、社会の雰囲気を通じて生徒たちの進路選択に影響を与えているのだ。

 しかし、このような性別分離の状況には、着実に変化が起きつつある。また日本と比較すると、台湾の状況の異なる姿が見えてくる。

AIトップ人材では高比率

 カナダのエレメントAI社が発表した18年版の「グローバルAI人材レポート」によると、各国・地域の人工知能(AI)のトップ人材に占める女性の比率で、台湾は23%と、スペインに次いで世界2位の高さにある。ちなみに日本はわずかに9%と、韓国(12%)より低い。なぜ、共に「リケジョ」が育ちにくいとされる日本と台湾の間で、このような違いが生まれたのだろうか。

 上記のレポートから見て取れる一つの要因は、台湾のAI人材はグローバル化の度合いが高く、これが女性の比率を押し上げているという可能性だ。また、数学や統計学を学ぶ女子学生の比率を比べると、台湾の方が日本より明らかに高い。18~19年度の台湾の数学、統計学、情報サイエンス専攻の大学院生に占める女性の比率は、博士課程でそれぞれ23%と25%、修士課程で30%と33%であった(教育部の統計による)。

 日本と台湾では専攻分類が異なるので厳密な比較は難しいが、文部科学省の最新データによると、日本の大学院の数学専攻の博士課程、修士課程の学生に占める女性の比率はそれぞれ11%と10%と、台湾に比べて明らかに低い。一口に「リケジョの育ちにくい日本と台湾」といっても、実態を見れば台湾の方が性別分離の度合いは小さい。台湾でこの問題に焦点が当てられるのは、他の領域に比べて、高等教育の分野では相対的に性別分離の度合いが大きいからなのだろう。

 AI、ビッグデータといった分野では優秀な科学者・エンジニアの需給ギャップが拡大し、人材獲得競争が起きている。人材不足はしばしば、マイノリティー扱いされてきた集団の労働市場への参入や地位の向上を後押しする。数学や統計学を学んだ女子学生の活躍の場が順調に拡大していけば、女子生徒たちの進路選択にも変化が起きるだろう。

 AI人材の多様性という面でも、幅広い領域でのジェンダーギャップの解消という面でも、台湾は日本の数段先を歩んでいる。

【参考文献】
陳婉琪「台湾女生不愛読科学? 世界第一帯来的驚愕与警訊」巷仔口社会学。
池伯尉・尤素娟・劉錦添「為何女生不読理工、男生不読人文? 大学入学考生資料之実証」国立台湾大学『経済論文叢刊』近刊論文。

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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