ニュース その他分野 作成日:2015年11月10日_記事番号:T00060281
台湾経済 潮流を読む10月上旬、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉に参加する12カ国が、5年以上にわたる交渉を経て、大筋合意に達した。TPPは参加国間の関税撤廃にとどまらず、知的財産権や競争政策など、多岐にわたる経済ルールの整備にまで踏み込む高レベルの大型自由貿易協定(FTA)だ。発効までにはまだ紆余(うよ)曲折が予想されるが、世界各国の国内総生産(GDP)の4割近く、人口では8億人に達する世界最大の自由貿易圏が誕生することの意義は大きい。既に韓国やインドネシアなども参加への関心を表明している。
台湾政府も、かねてからTPP参加への強い意欲を表明してきた。国民党のみならず、民進党もTPP参加には非常に積極的だ。
FTAの波に乗り遅れた台湾
その背景には、台湾が世界に広がるFTAの波に出遅れてしまったことへの強い焦燥感がある。現在、台湾のFTA締結対象は7カ国にとどまっている。このうち5カ国は、台湾が正式な外交関係を有する中米の国々だ。陳水扁政権の時期の台湾はFTA締結の推進に力を入れたが、中国は「わが国と国交を持つ国が台湾とFTAと結んだ場合、政治的に面倒なことになるだろう」(2002年の石広生・対外経済貿易合作部長の発言)と明確に反対・けん制する姿勢を取り、その行く手を阻んだ。
しかし10年に中台間で海峡両岸経済協力枠組み協定(ECFA)が締結された後、中国はこの姿勢を緩め、台湾も中国と国交を持つ国とFTAを締結できる環境が生まれた。13年にはシンガポール、ニュージーランドとのFTAの締結が実現した。だが、2000年代のアジアで急速に広がったFTAの波には大きく乗り遅れ、周縁化してしまった。
日本のFTAカバー率(貿易額に占めるFTA発効国との貿易額の比率)は22%と、韓国(40%)や米国(40%)、中国(28%)に比べて低い。台湾の比率はさらに低く、10%強にとどまる。一方、台湾の宿命のライバルである韓国は、米国、欧州連合(EU)と既にFTAを締結、中国とも正式署名を交わし、「FTA先進国」となっている。この現状への焦りは、与野党ともに非常に強い。
TPPに強い期待寄せる
このような状況の中で、台湾が高レベルの大型FTAであるTPPに参加できれば、そのメリットは非常に大きい。国民党、民進党ともにTPP参加に並々ならぬ意欲を示すゆえんである。
ちなみに台湾は、TPPと対抗関係にあるもうひとつのメガFTA、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)にも参加希望を表明している。貿易拡大効果の試算結果でいえば、中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)が含まれるRCEPの方が、台湾にとって加盟の経済メリットは大きいとする研究もある。しかし、RCEPの構成国は経済レベルのばらつきが大きく、TPPのような高レベルのFTAが実現できる可能性は低い。何より、RCEPは中国の影響力の下にある。中台間の両岸サービス貿易協定が暗礁に乗り上げ、政権交代がほぼ確実視されている情勢下で、中国が台湾のRCEP参加にゴーサインを出す見通しは立たない。
一方、TPPには中国が参加していない。何より、米国と日本という中心的なプレイヤーが台湾の参加を歓迎する意向を表明している。台湾にとってTPPへの参加は、実現が可能な、そしていかなる困難を乗り越えてでも実現したい目標なのである。
目前の課題はTIFA
ただ、中国が参加していなくとも、中国の影響力が台湾のTPP参加への道に影を落とす可能性は排除できない。参加12カ国には、中国が最大の貿易パートナーとなっている国が多く、一部の国が台湾の参加に非協力的な態度を取る可能性はある。
とはいえ、今の段階では、「中国の影響力行使」というシナリオは、目に見えない暗雲の到来にやきもきするようなものだ。むしろ、台湾にとって目の前の課題となっているのは、米国との間に横たわる貿易問題の解決だ。
台湾と米国は、92年から、貿易投資枠組み協定(TIFA)の交渉を行ってきた。現在台湾は、成長促進剤「ラクトパミン」を用いた飼料を摂取した米国産豚肉の輸入を禁止しているが、その輸入解禁を求める米国側との間で、TIFAの協議が膠着(こうちゃく)状態に陥っている。
米国は、台湾のTPP加盟への道のりの最大の支援者である。その米国は実質的に、米国産豚肉輸入禁止問題の解決を、要求水準の厳しい高レベルのFTAであるTPP参加への道のりの一里塚として位置付けているのだ。来年発足が見込まれる蔡英文政権がTPPへの参加に取り組む上で、この米国産豚肉問題は最初の難関となるだろう。
新政権最初の試金石に
というのも、養豚業者が多く立地する中南部は民進党の票田だ。また台湾人の豚肉消費量は牛肉より断然多い。近年の「食の安全」への関心の高まりもあり、扱いを誤ったら、大きな政治問題になる可能性もあるイシューである。その点で、米国産豚肉問題は貿易問題である以上に、台湾内部の政治問題である。この問題にいかに取り組むのか?台湾のTPP参加への道のりを率いることになる新政権にとり、最初の試金石となる可能性が高い。
川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所
地域研究センター東アジア研究グループ長
91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。
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