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第103回 レッドサプライチェーンに直面する台湾半導体産業


ニュース その他分野 作成日:2015年12月8日_記事番号:T00060821

台湾経済 潮流を読む

第103回 レッドサプライチェーンに直面する台湾半導体産業

 台湾経済の大黒柱である半導体産業が、中国からの攻勢にさらされている。「紅色供給網(レッドサプライチェーン)」の脅威を象徴する存在となっているのが、ハイテクメーカーの「爆買い」で知られる紫光集団だ。

紫光集団を率いる「飢えた虎」

 先月上旬、同集団を率いる趙偉国氏が初めて台湾を訪問した際、この風雲児の言動に大きな注目が集まった。趙氏は従来から、中国企業による半導体産業への投資を規制する台湾政府の方針を批判してきたが、今回はさらに「台湾政府が認めるなら、聯発科技(メディアテック)を買収したい」と発言し、台湾ハイテク業界に衝撃を与えた。

 「飢えた虎」とも形容される趙氏の経歴は、中国の現代史を反映したドラマチックなものだ。趙氏は1967年、「右派分子」として新疆の地に送られて出会った両親の下に生まれた。ウルムチ郊外の小さな村で貧しい幼少期を過ごしたのち、北京の名門校・清華大学に進学し、電子工学を学んだ。電子製品の修理やプログラミングで学費を稼いだ学生時代、友人の父親が入手したシリコンバレーに関する本でヒューレット・パッカード(HP)やアップルの成功談を知り、心を動かされたという。93年に、清華大学が設立した清華紫光に入り、経営幹部として活躍した。

 05年、趙氏は独立して、健坤グループを設立した。以後わずか数年の間に、趙氏は国有企業のハイテクエリートから中国ハイテク産業を代表する資本家へと変貌する。この飛躍を可能にしたのが、中国の不動産市場の錬金術的な発展であった。趙氏は『今周刊』(No.985)のインタビューで、新疆での不動産投資等で100万人民元の元手を45億元に増やしたと語っている。09年、健坤集団は紫光集団の株式の49%を取得し、趙氏はその経営権を握った。

 これ以後、紫光集団は趙氏の下でハイテク企業の買収を猛烈な勢いで進める。13~14年にかけて、ともに中国の携帯電話向け半導体チップの設計企業大手である展訊通信(スプレッドトラム・コミュニケーションズ)と鋭迪科微電子(RDAマイクロエレクトロニクス)を買収し、半導体産業に本格的に参入した。15年には米国の有力ハードディスクドライブ(HDD)メーカーであるウエスタンデジタル(WD)社の株式15%を取得すると発表した。ちなみにそのウエスタンデジタルは、東芝のフラッシュメモリー事業の合弁相手である米サンディスクを買収した。紫光集団はまた、米国のDRAMメーカー、マイクロン・テクノロジーに対して230億米ドルでの買収を提案したが、これは暗礁に乗り上げている。

台湾半導体産業にも触手

 紫光集団は、台湾の半導体産業にも関心を示している。10月末には半導体メモリーの大手パッケージング・テスティング(封止・検査)企業である力成科技(パワーテック・テクノロジー、PTI)が、紫光集団から25%の出資を受けることを発表した。凌陽科技(サンプラス・テクノロジー)と矽統科技(SIS)の合弁企業である伝芯科技(S2テック)も、紫光集団傘下のRDAが買収する運びとなっている。前述のように、台湾ファブレスの雄、メディアテックについても「スプレッドトラムとの合併が最良の選択肢」と述べている。

無視できないリスク

 中国は近年、国を挙げて半導体産業の育成に取り組んでいる。昨年には官民出資の「国家半導体産業投資基金(通称「大基金」)」を設立して、さまざまな技術領域への投資を進めている。破竹の勢いで進撃する紫光集団は、政府系の出資が51%を占める国有企業であり、「大基金」と並ぶレッドサプライチェーンの二枚看板だ。

 紫光集団の興隆に、半導体メーカーはどう向き合うのか。米インテルは、紫光集団傘下のスプレッドラムとRDAに出資し、モバイル向けチップの盟主である米クアルコムに挑むという戦略を採っている。ハイテク・コングロマリット化する紫光集団との連携を、中国市場開拓の足掛かりにしようとしているのだ。

 しかし、台湾の場合は事情が異なる。中国との急激な経済関係の深まりがもたらす政治的な作用は、台湾社会にとって到底無視できないリスクをはらんでいる。また、台湾の半導体企業の大多数は、特定の領域に特化して技術力を強みに発展を遂げてきたスリムな専業型企業だ。不動産市場で蓄積した莫大な資金力を有し、強い政治コネクションを持つとうわさされる紫光集団が本気で台湾企業に買収攻勢をかけ始めたら、台湾としてはたまったものではない。

いかに向き合うべきか

 現在、台湾政府は半導体設計業への中国からの投資規制の緩和に向けて議論を行っている。メディアテック等が規制緩和と中国との連携に積極的である一方、中小企業を中心に強い懸念の声が上がっている。

 しかし、中国企業の投資を禁止したところで、結局、キーパーソンの引き抜きを通じて台湾からの技術流出は進んでしまう。既にスプレッドラムは、メディアテックのモバイル向けチップ部門の最高幹部の一人であった袁帝文氏を引き抜いた。メディアテックが、テレビ向けシステム・オン・チップ(SoC)事業のライバルだった晨星半導体(Mスター・セミコンダクター)を買収した際には、Mスターのエンジニアが数百人規模でスプレッドラムに転職した。さらに今秋には、台湾のDRAM界の「ゴッドファーザー」とも呼ばれる南亜科技の高啓全・前総経理が紫光集団に引き抜かれると報道され、業界に衝撃が走った。また、豊富な資金力を持つ紫光集団傘下のファブレスと台湾ファブレスが価格競争に突入したら、後者の形勢は相当に不利だ。それならば、中国企業と提携して互恵的な関係を築くことに力を注ぐべきではないか。メディアテックの経営陣等はそう考えているようだ。

 半導体レッドサプライチェーンの興隆がもたらす脅威と機会といかに向き合うのか。台湾の政府と企業は今、この極めて難しい問題に直面している。

川上桃子
ジェトロ・アジア経済研究所
地域研究センター東アジア研究グループ長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。  

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