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第203回 技術的内容の無い特許の進歩性はどのように判断されるのか


ニュース 法律 作成日:2016年6月8日_記事番号:T00064637

産業時事の法律講座

第203回 技術的内容の無い特許の進歩性はどのように判断されるのか

 「進歩性」は特許侵害事件において最も討論される問題です。特許法によって保護される「技術」とは、ただ単に現在の技術と異なるだけではなく、同業者がその設計や解決方法を「思い付くことが容易ではない」ものでなければなりません。そして、特許における「進歩性」とは、正にこの「思い付くことが容易ではない」ことを指しています。

 進歩性の有無を判断するに際しては、特許申請がなされた技術と、現在の技術とを比較し、その差異を見比べた上で、それらの差異が推論、実験または現在の技術によって達成できるものかどうかを判断します。そして、それが可能であると判断された場合、進歩性は否定されます。

 M428609号実用新案登録「映像転送構造」(以下「同特許」)の権利者である謝素秋氏は、2013年に八達通傳媒科技が同特許を侵害したことを理由として、知的財産裁判所に対して訴えを提起しました。同特許の特許説明書の記載によると、同特許はインターネットを経由して映像(広告映像)を転送する技術で、申請当時の映像転送システムは、「映像ファイルを転送するだけのものであり」「シンクロ管理、セキュリティー、プレビュー、再生、検索、ダウンロード、セーブ、オンライントランスファー、オンラインカスタマーサービス…等の操作機能は無く」、実際の使用には耐えないものだったが、同特許によって、インターネットを通じて映像を転送する際に発生する「ファイルの遺失と変形」の問題を克服できる、となっています。

 これに対して被告である八達通は、▽同特許において利用されている技術と申請当時の技術には差異がない▽特許説明書中には、同特許が解決できるとしている「ファイルの遺失と変形」の問題に関する技術についての説明がない▽問題を解決するための技術方法等の記載もなく、ただその効果のみが述べられているだけである──との抗弁を行いました。また、被告は数種の特許を提示することで、「ファイルの遺失と変形」という問題は、当時の技術でも既に克服済みであること、つまり、同特許には進歩性がないことを証明しました。

 知的財産裁判所は13年12月に、「係争実用新案の特許説明書には、個々の技術的特徴を構成するソフトウエアおよびハードウエアがどのような内容のものであるのか、また、それらの相互関係がどのようなものであるのかが示されていない」という理由から、原告の訴えを退ける判決を下しました。

 これに対して原告は上告をしましたが、第2審裁判所は14年9月に第1審裁判所の判断を支持する判決を下しました。また、裁判所は判決の中で、同特許に進歩性があるかどうかの判断をする必要はないと説明しました。

 被告は上記抗弁と同時に、知的財産局に対して実用新案無効審判を提起していましたが、知的財産局は14年3月に、▽無効審判に際して提出された証拠により、同特許には進歩性がないことが明らかであり▽「同特許は、同特許が属する技術領域において通常の知識を持つ者が、効果的な記載のみによって表されている同特許の特許説明書の内容から、具体的な執行方法を得ることができないものである」──ことを理由として、実用新案が無効である旨の査定を下し、同特許を取り消しました。

 原告はこの査定を不服として知的財産裁判所に対して査定の取り消しを求める訴えを提起しましたが、知的財産裁判所は15年3月、知的財産局の判断を支持し、原告の訴えを退ける判決を下しました。

 この判決に対して原告は、▽特許説明書には十分な技術内容が記載されている▽そうでなければ知的財産裁判所は何を根拠に「同特許に進歩性がない」ことを判断したのか──と主張し、最高行政裁判所に対して上告を行いました。

技術内容がなければ考慮不要

 16年4月、最高行政裁判所も原判決を支持し、以下のような説明の下、被告の上告を退けました。

1.特許説明書に記載されている「解決を図りたい問題」「問題を解決するための技術的手段」「考案の効果」を総合的に考慮すると、記載されている技術的手段では、実用新案としての目的を達成することはできず、「インターネットを経由して映像を転送する際のファイルの遺失と変形」という問題を解決する効果はない。

2.原判決における進歩性に関する論述は、当該技術領域における通常知識を有する者が、証拠1において明らかにされた技術内容に基づけば、容易に同特許請求項1に示されている技術的特徴を達成することができるとあるが、それはすなわち特許請求項1の「効果を達成」することができることにほかならないため、同特許にはそのような効果があるとの誤解を与えやすくなってしまっている。

3.しかし、同特許に上記のような効果が無いのであれば、進歩性を判断する際にそれを考慮する必要もない。上告人は、同特許の上記のような効果は、特許無効審判における証拠からそれが達成されていないことが分かる、と主張するが、そのような主張は根拠がなく採用することができない。

 本案特許無効審判および訴訟の代理人だった筆者は、知的財産裁判所の行政判決を読んだ後、大きな疑問を感じました。しかし、最高行政裁判所のこの判決の趣旨、つまり、「特許説明書に必要な技術内容が記載されていない場合、これら技術内容により得られるであろう効果は、進歩性を判断する際には考慮に入れる必要はない」によって、その疑問は解決されました。

 数多くの虚偽の特許、実用新案が乱立している台湾において、最高行政裁判所の今回の判断はとても重要な判断根拠となるものです。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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