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第208回 「使える」特許を申請しないと…


ニュース 法律 作成日:2016年8月24日_記事番号:T00066017

産業時事の法律講座

第208回 「使える」特許を申請しないと…

 特許を申請する目的は、特許期間内において、他者がその発明を使用できなくすることにあるわけですが、多くの企業では申請を戦略的に行っていないため、得られた特許の範囲が小さ過ぎたり、侵害された際にその証明が難しかったりして、せっかくの特許が「ただの賞状」となっている場合が多々見られます。

 実用新案第M377954号「伸縮するモップの柄の回転を固定する構造」の特許権者である拖神国際は、鉅宇企業および帝凱国際実業が生産している「回転モップセット」がその実用新案権を侵害していることを2011年に発見したため、侵害の停止と損害賠償を求めて知的財産裁判所に提訴しました。これに対して裁判所は、13年2月に被告に対して侵害の停止と損害賠償1,400万台湾元の支払いを命じました。被告がこの判断を不服として控訴したところ、知的財産裁判所第二審は、14年11月に原判決を破棄し、原告の訴えを退ける判断を下しました。

 本件発明「伸縮するモップの柄の回転を固定する構造」は、「伸縮ロッド」とそれにかぶせられている「スリーブ」から成るモップの柄について、両者に別々に設けられた「突起」とこれを噛み合う「シュート」を組み合わせた「カム」で、「2つの部分が、固定された状態と、固定されていない状態、すなわち高速切り替え状態を生み出す」ことを目的とした発明でした。

 被告は、本案訴訟中において、特許無効審判を提起し、また裁判所においても特許が無効である旨の答弁を行いました。しかし、被告が提示した証拠は、原告の特許と同様に、「伸縮ロッド」とそれにかぶせられている「スリーブ」から成るモップの柄でしたが、「突起」と「シュート」の組み合わせではなく、双方が「らせん状の溝」となっている点で違いがありました。そのため、知的財産裁判所第二審は、本件特許のもつ固定構造と、被告の提示したらせんによる構造とには、空間構造としての違いのほか、その効果にも差が見られ、また原告の特許における効果は、被告の提示した証拠と比較して勝っていることから、その特許には「進歩性」が認められるとししました。さらに以下のような証拠を基に、この判断を証明しました。

1.原告は特許無効審判の答弁において、数度にわたって「無効審判の証拠のらせん構造と係争特許における突起とシュートの組み合わせは構造的に異なるものであり、固定された状態と、固定されていない高速切り替え状態を生み出すことができない」と主張した

2.原告は係争特許申請の1年前に、別途申請していた実用新案においてもらせん構造によるモップの柄の構造を使用した後、1年後に初めて係争特許を申請した。このことからも、原告は「シュートと突起の組み合わせには、らせんという構造は含まれず、また(係争特許には)高速(上下)移動の効果がある」ことを承知している

3.被告が提起した特許無効審判について、知的財産裁判所が下した行政判決においても、「シュートと突起の組み合わせはらせん構造とは異なる」との判断が下されている

 以上の点から裁判所は、被告の製品には係争特許と相同または実質的に相同するカムは付いておらず、また被告はらせんによる固定構造によりモップの柄を組み上げていることから、被告の使用しているらせん構造は係争特許の範囲には含まれないと判断し、原告敗訴の判決を下しました。

 原告は判決を不服とし、最高裁判所に上告しましたが、最高裁判所は今年7月14日に原告の訴えを退ける判断を下し、本件は確定しました。

上位概念を用いて範囲を拡大

 係争特許における「実用新案の請求範囲」からすれば、特許申請時に請求された固定構造には確かに伸縮ロッドとスリーブの部品が含まれており、また伸縮ロッドの「外周にはシュートが掘ってあり」、スリーブには「内側に伸縮ロッドのシュートに対応して上下する突起」が設けられていました。さらに、図においても突起がシュートにはまることが示されていました。

 発明者の設計した固定構造は、「突起がシュートにはまる」だったわけですが、特許申請時には、本特許が「突起とシュートの結合から成る発明」であることを直接申請するのではなく、このような結合の「上位概念」を持つこと、すなわち結合の抽象的な概念として申請することで、特許の範囲を適度に拡大すべきことは、特許を申請したことがある方であれば、どなたでもご存じのことかと思います。こうすることで、せっかく申請した特許が無用となることを防ぐことができます。

 その他、特許無効審判の答弁を行うということは、通常であれば、訴訟の準備に入った、または既に訴訟となっている段階なのですから、現在または将来訴訟を担当する弁護士に処理をさせるべきでしょう。本案においては、特許無効審判の答弁そのものは成功しましたが、答弁に用いた主張がそのまま特許侵害訴訟においてブーメランのように戻ってきて、自らが攻撃されるようになってしまったことは注目に値します。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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