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第244回 M&Aと知的財産権


ニュース 法律 作成日:2018年4月25日_記事番号:T00076693

産業時事の法律講座

第244回 M&Aと知的財産権

 楊建夫氏は1991年に米カリフォルニア州のシリコンバレーにおいてMicroTech Scientific, Inc.(以下「MicroTech」)を創立し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に関する開発を行い特許権を取得しました。製薬会社向け生産設備を製造販売する企業である台湾の皇将科技股份有限公司(以下「皇将」)は、08年10月に楊氏との間で500万米ドルの対価でMicroTechの株式、生産関連ストック、生産ライン、生産設備、製品技術およびその図面、会社商標、発明特許、知的財産権並びに楊氏の持つ特許権に係る売買契約を締結しました。

合意が反故に

 その支払い方法については、皇将の責任者より皇将株75万株を譲渡することで前記取引価格のうちの250万米ドルの支払いに充て、残額については皇将が毎季ごとに「楊氏が開発したHPLC」の販売額の15%を、その総額が250万米ドルになるまで「ボーナス」として楊氏に支払い続けることで合意しましたが、楊氏は09年に皇将に入社してから翌年退職するまでの間、一度も「ボーナス」を受け取ることができなかったため、まず15万米ドルの支払いを求めて11年に台中地方裁判所に対して民事訴訟を提起しました。

 皇将側は以下のような主張を行いました。▽楊氏は代金を受け取った後もMicroTech株を約束通りに皇将に譲渡しなかった▽同社の人員に対してHPLCの製造方法を伝授しなかったため、技術移転の目標を達成することができなかった▽楊氏は約定より早く皇将株を売り出した、などの楊氏契約違反を理由として売買契約を解除している──。

 台中地方裁判所は13年10月、以下の理由から皇将に2万4,238.89米ドルの支払いを命じる判決を下しました。

1)双方の締結した売買契約は、M&A契約に属するものであり、楊氏はMicroTechの全ての資産を皇将に譲渡した後にMicroTechを抹消した。また皇将もその名称をCVC Technologies Inc.からCVC MicroTech Scientific Inc.へと変更していることから、楊氏はこの部分に関しては義務を履行している

2)楊建夫はHPLCに係る製品、生産ライン、技術資料などを皇将に譲渡したが、皇将はその後「市場ニーズに応えるために新製品を開発する必要がある。またそれにより販売量の増加を期待できることから、MicroTechの製品を引き続き生産するメリットはない」と判断したため、「技術移転の目標を達成することができなかった」のであるから、このような結果は楊氏の責に帰するものではない

3)楊氏にはMicroTechの従業員を解雇する義務があった。また皇将が09年10月31日に株式を上場する予定だったことから、双方当事者は楊氏が取得する株式については証券会社において09年10月31日まで保管することで合意していたし、楊氏がその期限を経た後でそれら株券を売却することは契約に違反していないことが分かる

4)会計士の確認によれば、皇将が09年から11年の間に販売したHPLCの総額は28万5,858.8米ドルであるから、既に支払っているものを除いた楊氏に対して支払うべきボーナスの総額は2万4,238.89米ドルである

「釈明義務」に違反

 第一審のこのような判断に対して、双方当事者共に控訴した後、台湾高等裁判所高雄分院は16年2月に皇将に2万4,082.20米ドルの支払いを命じたほかは、第一審の判断を支持する判決を下したため、双方は最高裁判所に上告しました。

 18年3月、最高裁は判決で、高裁が判断した金額は正しいことを確認したほか、楊氏が高裁において皇将に対して12年以降の新製品の販売額に関する資料を求めていたことについて、このような場合においては、高裁の裁判長は楊氏に対して12年以降に皇将が販売した新開発製品に係るボーナスについても請求するのかどうかを確認するべきであったにもかかわらず、それをせずに11年以前の部分についてのボーナスについてのみ判断したことは「釈明義務」に違反するとして、同部分についての裁判を高裁に差し戻しました。

 本案件のポイントとしては、技術協力の初めの段階においてあまりにも意気投合し過ぎたために、後に発生する可能性のあった変化について頭が回らなかったということにあります。

契約は詳細に

 本案件のような企業間の協力案件においては、売り手にとっては「頭金」がその回収できる全額となる場合が多いため、もし全額を回収したい場合には、契約をその詳細に至るまで細かく設計する必要があります。一方で、買い手にとっては、ある時期以降の支払いを望まないのであれば、買い取った技術をそこで切り捨てる必要があります。

 本案件においては皇将の社員が法廷で楊氏の特許が新開発製品にも使用されていることを明かしてしまいました。これは最高裁が新開発製品の販売に関してもボーナスを支払う必要があると判断した理由の一つでしょう。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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