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第248回 技術の現物出資による株式の返還


ニュース 法律 作成日:2018年6月27日_記事番号:T00077815

産業時事の法律講座

第248回 技術の現物出資による株式の返還

 2005年8月、薬華医薬(ファーマ・エッセンティア、PEC)は、肝炎の治療薬を開発するため、米Predixから呉逸之氏を引き抜き、新薬研究化学部の副総経理として迎え入れました。06年5月、薬華と呉氏は▽呉氏が技術の現物出資によって7,400万台湾元(約2億7,000万円)を出資し、薬華が増資で発行する新株を取得する──などとした投資協議書を締結しました。同協議書には、呉氏は以下の目標を達成した場合に限り、同株を取得することができると規定されていました。

1.05年からの累計で売上高が1億元を達成した場合に30%を取得する。期限は08年12月31日。

2.B型肝炎またはC型肝炎の新薬開発のfile IND(研究新薬申請)段階で30%を取得する。期限は09年6月11日。

3.B型肝炎またはC型肝炎の新薬開発が第2期または第3期の臨床試験に至った段階で残りの40%を取得する。期限は11年5月17日。

 このほか同協議書には、呉氏が取得する株式は全て薬華が管理し、呉氏に4年をかけて譲渡すること、呉氏が離職した場合は、1年未満の部分に関して「自動放棄する」旨の規定も設けられていました。

解雇後の株主権

 08年7月1日、薬華は呉氏を解雇しました。しかし呉氏は、技術出資を根拠とし、株主として薬華に居座り続けたため、薬華は13年に台北地方裁判所に対し「呉氏に株主名簿の登記上の株主権が存在しないことの確認」を求め、裁判所が呉氏に株主としての権利が存在すると認める場合には、呉氏に同株式の返還を求める訴訟を提起しました。

 台北地方裁判所は15年3月の判決で、呉氏に株主としての権利は存在しないと判断しました。その理由は以下でした。

1.呉氏は、▽取得した株式は薬華に入社したことの対価で、はじめから呉氏の名義だった▽双方が後に締結した投資協議書は、単に行政院開発基金管理委員会と薬華の間の約定を履行するための「通謀虚偽表示(相手方と通じてした虚偽の意思表示)」だった──などと主張した。しかし、双方の間でどのような協議が交わされたにせよ、呉氏は協議書を理解した上でメールで同意し、協議書に自らサインをしたのであるから、協議書は以前に交わされた協議の内容に優先する。よって、呉氏は同協議書の拘束を受ける。

2.呉氏は、同協議書に規定する「離職」とは、自主的に離職した場合を指し、薬華が呉氏を解雇するなどの状況は含まれないなどと主張した。しかし、「離職」には自ら離職した場合とそうでない場合が含まれる。また証拠や証言によれば、▽呉氏の新薬開発プロジェクトは失敗した▽薬華は呉氏の英語力に期待して業務をさせたが、それにも結果を出せなかった▽呉氏は「異常な出勤態度」「出社・退社記録を拒否」「会議への不参加多数」「毎週の業務報告拒否」など、多くの面で薬華への協力を拒んだ。薬華がこれらの事実を基に、「不適格」として解雇したことは理由になる。

3.投資協議書の規定によれば、呉氏は取得した株式を「自動放棄」しなければならない。つまり法律上、呉氏は同株式を「放棄」したので、既に薬華の株主ではないことは明らか。

妥当な条件設定

 呉氏はこの判決を不服として台湾高等裁判所に控訴しましたが、同裁判所は15年10月に、呉氏は株主名簿に登記されている株式を全て薬華に対して返還することを命じる判決を下しました。

 高等裁判所は、▽本件技術の現物出資が行われた時点において、薬華側は「医薬品の研究開発は難易度が高く、技術要員はその技術のみを資本として出資することは難しいため、その技術的貢献度を見定めるだけでなく、技術要員が入社した後のパフォーマンスを考慮するなど、多角的に判断しなければならない」という考えに至っていた▽そのため協議書における3つのマイルストーンの設定と、株式を4年に分けて譲渡する規定を設けた▽同株式の返還に関する条件は、技術者が自ら離職した場合に限らない──などと判断しました。

 一方、投資協議書に「自動放棄」と規定されているが、呉氏は放棄していないため、呉氏に対し株式の返還を命じました。

手続きの正当性

 呉氏はこの判決も不服として最高裁判所に上告しましたが、同裁判所は17年5月3日、訴えを棄却しました。最高裁判所はその理由の中で、▽薬華の「業界の性質、業務の内容、運営の趣旨、および同協議が締結された目的などを総合的に考慮すれば、離職が自ら離職した場合に限らないことは明らか」▽薬華は「経営上の損益を考慮し、人員削減や組織の調整を行った上で、必要があると判断し」、呉氏を解雇したので、その手続きは正当で、支持できる──などとの見解を示しました。

 技術者が、技術を手に移籍をすることはよくあることです。こうした技術者は、以前の会社での研究成果が認められ重用されたわけですが、思った通りの結果が出るとは限りません。その場合、どのように関係を終了すべきかは、とても頭の痛い問題です。本案における薬華の方法は、一つの参考となるでしょう。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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