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第153回 経済の視点からみた20年総統選挙


ニュース その他分野 作成日:2020年2月11日_記事番号:T00088206

台湾経済 潮流を読む

第153回 経済の視点からみた20年総統選挙

後景に退いた経済ファクター

 1月11日に行われた総統選挙では、民進党の正副総統候補の蔡英文・頼清徳ペアが史上最多の817万票(得票率57%)を獲得し、国民党候補の韓国瑜・張善政ペア(得票数552万票、得票率39%)に圧勝した。

 この民進党の勝利の背景としては、2019年1月の習近平主席の一国二制度を巡る演説、6月以降の香港情勢の緊迫化といった外部要因が際だって重要だ。さらに、韓氏の言動や国民党の内部分裂も民進党への追い風となった。その結果、20年総統選では、対中関係が台湾経済にもたらす影響やマクロ経済のパフォーマンスが話題になることは少なかった。

 とはいえ、台湾が中国と経済的に深く結び付いている以上、今回の総統選挙の結果を、「経済ファクター」の側面からみる視点は必要である。本稿では、今回の選挙結果からみえる台湾社会の選択を経済社会的な側面から考えてみたい。

支持政党で異なる景況感

 先月号の本コラムでも紹介したように、19年の台湾経済の実質成長率(予測値)は2.6%、民間投資の伸び率は、7.6%であった。米中貿易摩擦が引き起こした「回流投資」や輸出の代替効果もあって、台湾経済の足元の情勢は悪くない。堅調な経済パフォーマンスは与党に有利な材料のはずだが、有権者は直近の経済状況をどうみていたのだろうか。

 19年12月末に行われた「美麗島民調」の世論調査結果をみると、「物価、就労、景気情勢等を全体的にみて、現在の域内経済情勢はよいと思いますか、悪いと思いますか?」という問いに対して、回答者の35%が「よい」、60%が「よくない」と答えた。興味深いのは、支持政党や総統選挙の投票先によって答えが大きく分かれていることだ。国民党支持者の83%、韓張ペアに投票する予定の人の85%が「よくない」と答えたのに対し、民進党支持者の61%、蔡頼ペアに投票する予定の人の55%が「よい」と答えている。一方、地域、年齢、学歴といった他の変数ではさほど目立った差はない。

 一般に、経済状況に対する評価が高まると、政権与党への投票が増えるとされているが、このデータからは、人々が同じような経済情勢に直面しても、与党と野党の支持者では、評価が大きく異なる様子がうかがわれる。

民進党政権の支持基盤の変化

 経済社会面での属性からみると、蔡氏、韓氏の支持者はそれぞれどのような層に多いのだろうか。中央研究院(中研院)の林宗弘氏と陳志柔氏は、中研院社会学研究所の調査結果を基に、今回の総統選挙では、香港のデモを支持する人の多くが蔡氏を支持していたこと、蔡英文の支持者には若い世代と大卒以上の人が多いことを指摘している。

 また国立中山大学の葉高華氏は、台湾の緑陣営(民進党系)、藍陣営(国民党系)の支持基盤が、時代とともに移り変わってきたことを指摘している。陳水扁時代(00~08年)の民進党は、農村地域や労働者の間で人気が高く、高学歴層、専門職層の有権者には不人気だった。しかし、08年に蔡氏が民進党の主席になって以降、若年層、都市住民、中産階層の支持が徐々に民進党に向かうようになり、14年のヒマワリ学生運動以降、この傾向がさらに強まっている。高氏は、04年と20年の「得票数/有権者数」のデータを比べて、民進党は中南部で支持を減らしたが、北部の都市部で支持を伸ばしたことを指摘している。

効力を失う「中国機会論

 馬英九政権期には、北部に多く住む高学歴の専門職の人々は、中国との経済関係拡大から恩恵を受ける層であり、国民党の両岸(中台)政策を支持する傾向が高いとみられていた。しかし、10年代半ばごろから、この構図には変化が生じてきているようだ。美麗島民調の結果をみても、高学歴者は、対中関係の緩和に必ずしも前向きではなく、むしろ、蔡政権の成立とともに冷え込んだ現状のままでよいと考える比率が高い。

 中国経済の減速、米中貿易摩擦の発生といった近年の変化の中で、「中国との関係が低迷すれば台湾経済が停滞し、台湾の将来に大きなマイナスの影響が生じる」という従来の台湾のホワイトカラー層の認識に変化が生じつつあるようだ。さらに、先月来の新型コロナウイルス感染の拡大と、武漢(湖北省)からの台湾人の退避を巡るいきさつは、中国への渡航機会の多い高学歴・専門職層の対中観に暗い影を大きく落とすだろう。

 10年代前半には説得力をもった「中国との関係改善を通じた台湾経済の発展」というロジックは、その効力を失いつつあるようにみえる。

参考:
葉高華「『得票率』如何誤導人:従催票率看藍緑政党版図重組趨勢」、20年1月
https://whogovernstw.org/
林宗弘・陳志柔「817震撼:緑営大勝裡的香港因素与社会意向」巷仔口社会学、20年1月
https://twstreetcorner.org/2020/01/14/linthunghongchenchihjou/

川上桃子

川上桃子

ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター次長

91年、東京大学経済学部卒業、同年アジア経済研究所入所。経済学博士(東京大学)。95〜97年、12〜13年に台北、13〜14年に米国で在外研究。専門は台湾を中心とする東アジアの産業・企業。現在は台湾電子産業、中台間の政治経済関係、シリコンバレーのアジア人企業家の歴史等に関心を持っている。主要著作に『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』名古屋大学出版会 12年(第29回大平正芳記念賞受賞)他多数。

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