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第158回 「安心旅遊」契機に観光資源再開発を


ニュース その他分野 作成日:2020年7月14日_記事番号:T00091012

台湾経済 潮流を読む

第158回 「安心旅遊」契機に観光資源再開発を

 新型コロナウイルスは各業界に大きな影響を与えているが、とりわけ観光産業への打撃は大きい。その対策として、台湾では「安心旅遊(安心旅行)」が7月1日から始まった。安心旅遊とは、交通部が主導して域内旅行需要を喚起する各種の補助・支援策のことだ。

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インバウンド需要の蒸発

 新型コロナウイルスのまん延により、台湾のみならず世界各国・地域が人の移動を制限することになった。とりわけ国境・境界をまたぐ移動は厳しく規制せざるを得ず、訪台旅客数は大きく落ち込んでいる。2020年5月単月の主な国・地域からの訪台旅客数は、▽日本、242人(前年同月比99.86%減)▽韓国、117人(99.85%減)▽香港・マカオ、87人(99.94%減)▽中国、581人(99.82%減)▽米国、306人(99.37%減)▽欧州、374人(98.75%減)──などで世界合計3,250人(99.69%減)と、これはもう「減少」というよりも「蒸発」といえるレベルの落ち込みとなった。(1)

 昨年11月、交通部は30年までに訪台旅客数年間2,000万人を目指す観光10カ年計画を掲げた。19年の訪台旅客数は1,186万人だったが、10年代を通じて訪台旅客数は着実に増えており、30年の目標は達成できると見込まれた。しかし、新型コロナウイルスでインバウンド需要が蒸発してしまい、当面は域内旅行需要の喚起に集中せざるを得なくなった。安心旅遊による補助・支援策は、その切り札なのだ。

「安心旅遊」の特徴

 安心旅遊の概要を次の表に示した。補助・支援策は、▽旅行会社向け▽個人旅行客向け▽地方政府向け──に分かれている。期間は今年10月末までだが、これは夏休みに加えて10月の中秋節連休(4日間)と双十節連休(3日間)の旅行需要を取り込もうとした措置だ。10月の台湾は天気も比較的穏やかで、絶好の行楽シーズンとなる。新型コロナウイルスの第2波がなければ、夏から秋にかけて安心旅遊の補助を利用した域内旅行客の大幅な増加が期待されよう。

日本との比較

 一方で、補助・支援策は、▽旅行会社▽ホテル▽観光バス──といった観光産業だけを対象としており、周辺産業への配慮がやや足りないようにも見受けられる。

 この点は、日本政府が計画しているGo Toキャンペーンと比較すると分かりやすい。Go Toキャンペーンは、日本国内の旅行関連需要を喚起する施策だが、国内旅行(Go To Travel)のほか、飲食(Go To Eat)やイベント関連(Go To Event)の需要喚起策も含んでいる。日本国内旅行に対する補助は、旅行代金の半額で、補助金額の3割分は旅行先で利用できるクーポン券になる予定だ。つまり、旅行先での消費を同時に促すことで地域の活性化ももくろんでいる。Go Toキャンペーンと比較すると、安心旅遊のスキームにはもう一工夫あってもよかったのかもしれない。

 もっとも、Go Toキャンペーンは7月初旬時点でまだ委託先事業者を選んでいる段階で、スピード感という点では安心旅遊に大きく劣る。

観光資源の再開発につなげよ

 台湾は、四方を海に囲まれる一方、中央には山脈が走る急峻(きゅうしゅん)な地形をもつ。また、北回帰線をまたぐため、南北で気候の違いも比較的大きく、山脈を挟んで西には産業発展の進んだ都市、東には自然豊かな地域が広がる。本省人、外省人、複数の少数民族が居住し、社会文化も多様だ。このため台湾では、海や山のレジャーには事欠かないし、近代的なテーマパークもあれば、伝統的な民俗芸能も豊富に存在する。面積は九州より一回り小さいにもかかわらず、いろんな観光資源が詰まっている。

 ただし、台湾の観光産業がこれからも持続的な成長を続けていくためには、さらなる観光資源の開発が必要だ。そしてそれは、ハード面よりもソフト面に向けられるべきだろう。分かりやすくいえば、レジャー施設をさらに建設するのではなく、その地域でしかできない貴重な体験、思い出に残るコンテンツを旅行者に提供していくことが望ましい。その土地の農産物の収穫作業を経験したり、少数民族の方の自宅にホームステイをしたりするなど、こうしたアイデアはいくらでも出てくる。

 その意味で、筆者は安心旅遊の中に地方政府向けの支援策が盛り込まれたことを高く評価したい。これを契機に、各地方政府からユニークな提案が次々と出され、台湾の観光資源に新しい付加価値が加われば、安心旅遊は想定以上の成功を収めることになるだろう。

出典:(1)交通部観光局

赤羽淳

赤羽淳

中央大学経済学部・大学院経済学研究科 教授

東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)を取得。株式会社三菱総合研究所にて、主に日本のモノづくり企業の海外進出コンサルティング業務(主に新興国)に従事。豊富な調査・コンサルティング経験に基づき、現在は中央大学にて、実践的な教育と研究活動に従事している。1997年に台湾総合研究院客員研究員、99年から2001年まで台湾師範大学、台湾大学経済系研究所へ留学経験あり。 論文多数執筆、著書に『東アジア液晶パネル産業の発展:アジア後発企業の急速キャッチアップと日本企業の対応』(15年6月、第31回大平正芳記念賞を受賞)、『アジアローカル企業のイノベーション能力』(19年2月、18年度中小企業研究奨励賞(経済部門準賞)を受賞)などがある。

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