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第163回 鴻海・シャープ連合の共創モデル/台湾


ニュース その他分野 作成日:2020年12月8日_記事番号:T00093567

台湾経済 潮流を読む

第163回 鴻海・シャープ連合の共創モデル/台湾

 本コラム第161回「鴻海の事業構造改革」(https://www.ys-consulting.com.tw/news/92568.html)では、鴻海の事業構造改革について論じた。今回はもう少し俯瞰的な視点から、鴻海・シャープ連合の行く末を考えてみたい。

 台日連携の象徴となった鴻海・シャープ連合が誕生してはや4年。この間に事業環境は大きく変化しており、両社は単なるギブ&テイクの関係から、未来志向の共創関係へ進化しなければならない。

シャープ買収の目的

 まず、2016年に鴻海がシャープを買収した目的を振り返ってみよう。当時のマスコミや識者が指摘した鴻海のシャープ買収の目的は、IGZO(酸化物半導体、イグゾー)(1)やCGシリコンをはじめとする液晶関連技術、有機EL(OLED)の研究開発(R&D)につながる技術、白物家電の製品開発能力、そしてシャープのブランドなどの獲得であった。

 IGZOやCGシリコンは、鴻海が内製化できなかった高精細パネルにかかる技術だ。鴻海がこれらの技術を取り込めば、電子機器受託生産サービス(EMS)事業の顧客に対して液晶パネルを含めたユニットでの製品提供が可能となるし、これらの技術は有機ELパネルの駆動基板(バックプレーン)としても活用できるため、有機EL技術の開発準備も整うことになる。

 一方、白物家電の製品開発能力は、鴻海の事業の多角化・高度化につながることが期待された。シャープは両開き冷蔵庫やウォーターオーブン「ヘルシオ」など多くの革新的な白物家電を開発しており、鴻海がこれらの製品開発能力を取り込むことができれば、白物家電のODM(相手先ブランドによる設計・生産)事業を強化できると期待された。

 シャープのブランドについては、自主ブランドをもたない鴻海にとって、製品の販路の多角化につながる。つまり、B2Cビジネスの拡大とともに、アップルへの依存度も軽減できると見込まれた。鴻海は2010年頃から脱EMS化とB2Cビジネスの強化を図ってきており、これらのシャープの経営資源はいずれもそれを推進する強力な武器になり得るものであった。

大きく変化した事業環境

 そして鴻海のシャープ買収から4年が過ぎたが、この間に情報通信技術(ICT)産業をめぐる事業環境は大きく変化した。

 パネルの分野でいえば、有機ELパネルが本格的な普及段階を迎えている。液晶パネルの技術革新も進んだため、以前は有機ELパネルの成長性に懐疑的な見方もあった。しかし、2015年にアップルがスマートフォンiPhoneへの有機ELの採用を決めたことをきっかけに、10年代後半にはスマホを中心に同パネルの採用が進んだ。

 また、次世代高速通信規格といわれた第5世代移動通信(5G)の普及も19年から本格化し、あらゆるモノがインターネットにつながるIoT(モノのインターネット)が進展している。これに人工知能(AI)の普及も相まって、企業の現場ではデジタル技術を活かした業務変革(DX:デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる。

 さらには環境問題、とりわけ地球温暖化は待ったなしの課題となり、社会のあらゆる所で対応が迫られるようになった。国家レベルでも企業レベルでも成長一辺倒の姿勢が見直され、SDGs(持続的開発目標)の考え方が深く浸透している。そして今年に入ってから、新型コロナウイルスが世界的にまん延し、企業経営や人々の生活の在り方は大きく変化している。

ギブ&テイクから共創へ

 このような事業環境の変化は、鴻海・シャープ連合の戦略にどのような影響を与えるだろうか。ICT産業に関わる企業にとっては、全般的に追い風要因が多いといえるかもしれない。しかし、足元で需要が拡大している有機ELパネルや半導体に関しては、鴻海・シャープ連合は必ずしも強くない。

 シャープはすでに有機ELパネルのスマホを実用化しているが、量産レベルではサムスンの足元にも及ばないし、シャープの半導体技術に関しては20世紀で停止しているという意見もある。(2)また5G分野は基地局、通信キャリア、半導体、端末それぞれの分野で既に有力企業が存在する一方、人工知能はあらゆる業界、企業がこれから本格的な活用に取り組む段階だ。そしてこれら全ての技術開発は、環境対応、SDGsの枠組みを前提としなければならないことが、これからの社会ニーズの特徴であろう。

 鴻海がシャープを買収した16年当時、シャープが高度な開発技術やブランド力を鴻海に提供し、鴻海が効率的な経営管理でシャープを立て直す姿が思い描かれた。それぞれの強みで相手の弱みを補完するギブ&テイクの関係である。しかし20年も終わりを迎えた現在、世の中のニーズに応えるためには、両社のこれまで培ってきた技術力、知識、経験値、ブランド力だけでは到底足りない。技術開発にせよ、環境対応にせよ、両社が同じ方向を向いて新しい知恵を生み出す必要がある。そのためには、研究開発をはじめとした事業活動のさらなる統合が求められる。そしてそれは単なる技術開発だけではなく、商品企画、ブランドデザイン、マーケティングノウハウなどバリューチェーンの全域にわたる幅広い協力関係でなければならないといえよう。

出典:
(1)IGZOは、In(インジウム)、Ga(ガリウム)、Zn(亜鉛)、O(酸素)により構成された透明な酸化物半導体
(2)日経XTECH
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00065/00153/

赤羽淳

赤羽淳

中央大学経済学部・大学院経済学研究科 教授

東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)を取得。株式会社三菱総合研究所にて、主に日本のモノづくり企業の海外進出コンサルティング業務(主に新興国)に従事。豊富な調査・コンサルティング経験に基づき、現在は中央大学にて、実践的な教育と研究活動に従事している。1997年に台湾総合研究院客員研究員、99年から2001年まで台湾師範大学、台湾大学経済系研究所へ留学経験あり。 論文多数執筆、著書に『東アジア液晶パネル産業の発展:アジア後発企業の急速キャッチアップと日本企業の対応』(15年6月、第31回大平正芳記念賞を受賞)、『アジアローカル企業のイノベーション能力』(19年2月、18年度中小企業研究奨励賞(経済部門準賞)を受賞)などがある。

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