ニュース その他分野 作成日:2020年3月10日_記事番号:T00088728
台湾経済 潮流を読む今号をもって、2015年から担当してきた本コラムの執筆を卒業させていただくこととなった。5年にわたり、月に一度、時事的なトピックを取り上げ、台湾経済の来し方行く末を考える機会をいただいたことは、大変貴重な経験であった。読者の方々、毎月、的確な編集をし、折に触れて励ましてくださった編集部の方々にお礼を申し上げる。
今回は、このコラムでこれまで取り上げてきたトピックに触れつつ、この5年の台湾経済の流れを振り返り、今後の課題を考えてみたい。
中国依存のピークアウト
10年代後半の5年間は、台湾経済の宿命とも思われた中国への深い依存構造に反転の兆しが現れ、その流れが徐々に広がった局面だったと思う。台湾の対外投資に占める中国の比率は、15年の50%から19年には38%へと低下した。中国で働く台湾人の数も、ピークの43万人(15年)から40万人(18年)へと減少した(行政院主計総処のデータ)。貿易面では依然として中国のシェアが高く、19年のデータで輸出の42%、輸入の20%を占めているが、今後は、横ばいか減少に向かう可能性が高い。
この数年、大きな注目を集めてきた若者の「西進(中国への移動)」の動きもピークを過ぎつつあるようだ。10年代半ば以来、中国は、台湾に対する統一戦線工作の一環として、若者を中国へと引き寄せ、その起業、就労、就学やインターン実習を奨励する戦略を採ってきた。このような政策と、中国がもつ吸引力が相まって、台湾の若者の間では一時、中国での起業や、大企業やハイテク企業でのインターン実習への関心が高まった。しかし、18年頃からこの動きにも急ブレーキがかかっている。
以上のような局面変化を引き起こしているのは、人件費の上昇をはじめとする中国の投資環境の変化と、18年以降の米中貿易摩擦、台湾への回帰投資の流れといった経済構造の局面転換である。さらに、19年の香港情勢の緊迫、20年の新型コロナウイルスの感染拡大が、台湾社会の中国観に大きな影を落とし、人びとの「西進」を押しとどめるようになっている。台湾の対中依存度は依然として高い水準にあるが、過去30年近くにわたって続いてきた中国への依存の深まりには、明らかな変化の兆しが生じている。
次のリーディングセクターは?
台湾経済の対中依存構造は、1980年代以来、台湾の産業発展を牽引(けんいん)してきたエレクトロニクス産業における受託生産の発展と密接に関係している。第1期蔡英文政権が「五大イノベーション計画」を掲げ、スマートマシーン、グリーンエネルギー、バイオ産業、国防産業、モノのインターネット(IoT)やスタートアップ支援といった分野に資源を投入してきたのは、台湾の産業構造の多角化を進め、その発展の裾野を広げることで、エレクトロニクス産業への偏重と、受託生産および中国への依存から脱却しようという狙いによるものであった。
しかし、この5年を振り返ってみると、台湾経済の構造が多角化したとはいいがたい。いくつかの領域で勢いのあるスタートアップ企業が育ちつつあるものの、台湾積体電路製造(TSMC)や鴻海精密工業(ホンハイ)といったおなじみの中核企業のプレゼンスは依然として高い。中でも、TSMCの飛び抜けた技術的優位性と旺盛な設備投資が台湾経済の牽引車として果たす役割は、以前にも増して高まっている。台湾の輸出額に占める半導体(HSコード8542)のシェアも、15年の24%から19年には31%へと上昇した。TSMCの優位性は長期的に続くだろうが、新たな主導セクター、リーディングカンパニーの出現が待ち望まれる。
政府のイニシアチブも重要
振り返ってみると、TSMCの傑出した優位性は、張忠謀(モリス・チャン)氏のリーダーシップ、ファウンドリーへの特化戦略、米国から帰国したエンジニアたちの貢献、関連企業の集積といったさまざまな要素もさることながら、87年の同社の創業に先立って、70年代前半から台湾政府が進めてきた半導体技術開発の国家プロジェクトの成果とその中から生まれた人材に負うところが少なくない。
むろん、かつてのように、政府が新産業の立ち上げの主役となる時代ではない。しかし、新たな技術のためにまいた種が実を結ぶまでには長い年月がかかる。途中で枯れてしまう苗も少なくない。新産業の育成に果たす政府のイニシアチブの役割は、今日でも決して小さくないのだ。
「脱・中国」という歯車が回り始めた中、5月に発足する第2期蔡英文政権は、与えられた4年の時間を使って、産業の裾野の拡大と新たな産業の創出という難題にどのように取り組んでいくのだろうか。今の時点では思いもよらないところから、新たな産業やユニークな企業が生まれ、20年代の台湾経済の流れを切り開き、力強く導いていってくれることを切に願う。
川上桃子
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