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第156回 グローバルバリューチェーンの複線化と台湾の立ち位置


ニュース その他分野 作成日:2020年5月12日_記事番号:T00089922

台湾経済 潮流を読む

第156回 グローバルバリューチェーンの複線化と台湾の立ち位置

 パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルスは、いまだ収束の兆しが見えない。世界の感染者数は421万人に上り、死者数も28万人を突破したが、そんな中、台湾の累積感染者数は440人、死者数はわずか7人にとどまっている(5月12日現在)。

 これは、主要国・地域と比較しても極めて少ない数字であり、台湾の成功モデルは世界中から注目されている。しかし、感染拡大を抑え込んだ台湾も、新型コロナウイルスがもたらす世界経済の変動から無縁でいることはできない。

貿易立国台湾に及ぶ影響

 台湾は島国であり、古くから海洋貿易の拠点となってきた。今日、台湾の貿易依存度は100%を超えているが、台湾は世界貿易の拡大トレンドに乗じて、自身の経済を発展させてきた。しかし、今回の新型コロナウイルスは、地球規模での需要の消失をもたらし、世界の貿易量も相当落ち込むことが見込まれる。台湾もこうした影響から逃れることはできず、グローバルバリューチェーンに組み込まれた台湾の強さが逆にあだになることが懸念されている。

 ただし、個別の分野を見ていけば明るい材料もかなりある。例えば、テレワーク(リモートワーク、在宅勤務)の浸透により、データ通信量が増大する中で、基地局やデータセンター向けの半導体需要が拡大しているが、ここは台湾が競争力をもつ領域だ。また、パソコンやタブレット端末などの端末需要の伸びも、台湾経済には有利に働く。こうした得意分野に及ぶ特需をバッファー(緩衝)にしながら、マクロ経済の落ち込みをいかに抑制できるかが台湾の課題となってこよう。

バリューチェーンの複線化

 もっとも今後の台湾経済を見通すに当たっては、貿易量の浮き沈みよりも、グローバルバリューチェーンの構造変化の方が重要だ。いまだに日本ではマスク不足が深刻だが、その原因はマスクの一大生産地である中国からの輸入がストップしたことにある。こうした現象を受けて、日本では重要製品の生産の国内回帰がにわかに唱えられている。

 台湾でも、脱中国依存の流れで、足元では製造業の回帰が生じていた。しかし大局的に見れば、こうした回帰は一時的な現象にすぎないだろう。日本や台湾のような先進経済にとって、経済合理性を追求すれば、企業活動のグローバル化は避けられないからである。

 では、やがて平時に戻れば、これまでと同じグローバルバリューチェーンが復活するのかというと、そうはならないだろう。今回のパンデミックは、やはりグローバル化に対するリスクヘッジの重要性を教訓としてもたらした。したがって今後予測されるのは、「複線化」というグローバルバリューチェーンの構造変化である。

 「複線化」というと分かりにくいかもしれないが、簡単にいえば、これまで一つの調達先や販売先に依存していた企業が調達先、販売先を増やして事業基盤を安定させることである。もちろんそんなことは、個社のレベルではとうの昔から行われてきたことだが、今後はこうした複線化が産業や国のレベルでもより意識されていくと考えられる。

 実際、日本企業の対中進出で唱えられた「チャイナ+ワン戦略」や蔡英文政権の「新南向政策」は似たような発想である。ただこれらは、どちらかというと生産の複数拠点化に重点が置かれていた。これからは、調達、生産、流通、販売全てのプロセス(チェーン)で複線化が図られていくのではないだろうか。

台湾の立ち位置は?

 これまでは、米国や中国をハブとしながら、グローバルバリューチェーンが構築されてきた。台湾もそこに情報通信技術(ICT)関連サプライヤーとしての立ち位置を確保し、経済的利益を得てきた。米国と中国で世界経済のおよそ4割を占めており、台湾のような小国はこうした経済大国との貿易を抜きに発展することはできなかったのである。

 しかし、かねての米中貿易摩擦に加えて、今回のパンデミックにより、今後は米中を介しない第2、第3のグローバルバリューチェーンが世界では構築されていく可能性がある。

 そうした新しい秩序の中で、台湾の立ち位置はどうなるだろうか。ICT関連サプライヤーとしての台湾の性格は、本質的には変化しないと思われる。むしろ新しい秩序では、バイヤーとしての市場大国よりも核心的製品・部品をもつサプライヤー国の立場が強くなると考えられる。

 特に世界的なオンライン化の潮流は、台湾の産業特性に追い風となっている。台湾がグローバルバリューチェーンのハブになるというと言い過ぎかもしれないが、ニューノーマルを迎えた世界経済の中で、台湾が今よりも中心的な立ち位置にいる可能性は決して低くないだろう。

赤羽淳

赤羽淳

中央大学経済学部・大学院経済学研究科 教授

東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)を取得。株式会社三菱総合研究所にて、主に日本のモノづくり企業の海外進出コンサルティング業務(主に新興国)に従事。豊富な調査・コンサルティング経験に基づき、現在は中央大学にて、実践的な教育と研究活動に従事している。1997年に台湾総合研究院客員研究員、99年から2001年まで台湾師範大学、台湾大学経済系研究所へ留学経験あり。 論文多数執筆、著書に『東アジア液晶パネル産業の発展:アジア後発企業の急速キャッチアップと日本企業の対応』(15年6月、第31回大平正芳記念賞を受賞)、『アジアローカル企業のイノベーション能力』(19年2月、18年度中小企業研究奨励賞(経済部門準賞)を受賞)などがある。

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