ニュース その他分野 作成日:2020年6月9日_記事番号:T00090408
台湾経済 潮流を読む5月20日、第2期蔡英文政権がスタートした。台湾民意基金会が5月20日から21日に実施した世論調査によると、蔡英文総統の支持率は71.2%にも上った(1)。順調に第2期をスタートさせた蔡政権だが、今後の政策運営は課題が山積している。まずは、冷え込んだ経済の立て直しが急務だ。その具体策としてこのたび「振興券」の発行が決定した。
「価値3倍」お得感を強調
振興券とは、文字通り市民の消費活動を振興するための金券である。この振興券の額面は3,000台湾元(約1万900円)となっているが、その入手のために市民は1,000元を先に支払う必要がある。すなわち、実質的には2,000元の給付である。また電子マネーやクレジットカードにも対応しており、その場合は3,000元を消費した後に、2,000元の還付を受けることになる。
蘇貞昌行政院長は2日、実物の券の場合、1,000元を200元券5枚、500元券4枚と引き換える「三倍券」と説明した(行政院リリースより)
政府が現金給付ではなく振興券にした理由は、現金給付だと消費ではなく貯蓄に回る可能性があるからだ。また市民から1人当たり1,000元を徴収するのは、政府から給付する2,000元に加えて、その1,000元も確実に消費に回すためである。
1,000元が3,000元に増えるため、政府は振興券を「三倍券」と呼んでそのお得感を強調している。消費刺激策という点では、なかなか考えられた仕組みと言えるだろう。
一方で、振興券にはさまざまな批判が寄せられている。まず、1,000元で購入するというやり方は、市民の負担感の増加につながる。
加えて、振興券の使用開始は7月15日からとなったが、このタイミングが遅い点だ。台湾では6月7日の時点で引き続き新型コロナウイルスの新規感染者ゼロの場合は、大幅に防疫措置を緩和することにしている。つまり振興券の利用は、それから1カ月も後ということになるのである。
さらには、馬英九前政権がリーマンショックの経済対策として3,600元の消費券を配った事例と比較して、金額面の少なさも批判されている。
日本の経験からの教訓
振興券のような経済対策は国民に対する政府の支援であり、政権への支持が本来は高まるはずである。しかし実際は、こうした経済対策を機に、時の政府は批判にさらされ、支持率を落としてしまうことが多い。
少なくとも日本では、そうした事例が幾度となくあった。例えば2009年、リーマンショックの景気対策として、麻生政権が国民1人当たり1万2,000円の定額給付金を配布した。しかしその後の衆院選で自民党は惨敗し、民主党政権が誕生したことは記憶に新しいだろう。
また、今回のパンデミック(世界的大流行)下での緊急経済対策として、安倍政権は国民1人当たり10万円の定額給付金の配布を決定したが、政権の支持率は2月の45%から5月には37%へ落ち込んでいる(2)。
いずれの場合も、金額が中途半端であったり、申請の手続きが煩雑であったりしたことが災いしたと考えられる。
もちろん政権の支持率は、経済対策だけで決まるわけではない。しかし日本の経験が示唆するのは、経済対策はしくじると政権の致命傷にもなるということだ。実施に当たっては何よりも、「速い(スピード感)」、「うまい(金額が十分)」、「やすい(分かりやすい制度)」の三要素が重要である。
消費刺激効果は十分か?
蔡政権は、振興券の特徴を「好領(受け取りやすい)」、「好用(用途が広い)」、「好刺激(消費刺激効果が大きい)」と自賛している。
このうち「好領」、「好用」は確かにその通りだろう。振興券は、郵便局や四大コンビニエンスストアでの受け取り以外に、電子マネーやクレジットカードでも利用可能となっている。こうした給付システムの構築(特にデジタル化)に当たっては、マスクの販売管理で一躍名をはせた唐鳳(オードリー・タン)行政院政務委員が主導的役割を果たした。
唐政務委員が、マスクの実名制(本人確認)販売と同様、全民健康保険(健保)カードを使用すると説明した(行政院リリースより)
また、振興券はスーパーマーケットや百貨店のみならず、夜市(ナイトマーケット)などのトラディショナルトレード(伝統的市場)でも基本的に使えるようになっている。
一方で、最も重要な点である「好刺激」はどうだろうか。これは、市民1人当たり3,000元の消費効果が台湾経済全体の大きさからみて十分なのかという問題に帰着する。その効果の実態は振興券の使用期限となる年末以降でないと分からないが、他の先進主要国の経済対策規模と比較すると、3,000元という金額はいささか貧弱な感が否めない。
振興券はマスクと違い、給付システムがいくらしっかりしていても、それだけで経済効果が保障されるものではない。振興券による消費刺激が中途半端な結果に終われば、「経済に弱い蔡英文」というマイナスの印象すら強くなる懸念があるだろう。
(1)財団法人台湾民意基金会ホームページ
https://www.tpof.org/圖表分析/蔡英文總統的下一個四年%ef%bc%882020年5月26日%ef%bc%89/
(20年5月29日アクセス)。
(2)NHK世論調査
http://www.nhk.or.jp/senkyo/shijiritsu/
(20年5月29日アクセス)。
赤羽淳
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