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第289回 知的財産権侵害警告文ハラスメント事件


ニュース 法律 作成日:2020年4月8日_記事番号:T00089279

産業時事の法律講座

第289回 知的財産権侵害警告文ハラスメント事件

 知的財産に関する意識の高まりを受け、業界では知的財産権に関する法律上の問題にとても慎重に対応するようになりました。しかし、知的財産権法は特殊な法律領域で、専門外の人には分かりづらい科学的な問題も存在します。

 そのため、知的財産侵害に対する警告文を使ったハラスメントを行うことで、競合他社が反論しにくい状況を作り出し、経済的な利益を得るという方法がよく用いられています。

何度も警告文

 台湾特許127031号(存続期間は2015年10月まで)および米国特許6163214号「無指令プログラム化制御装置」の特許権者である林亜夫氏は、13年より九斉科技股份有限公司(以下「九斉社」)に対して、再三にわたり特許権侵害に対する警告文を送り付け、同社が林氏の特許を侵害していると警告し続けました。林氏の行為は、同社が16年に株式公開の申請を行っている間も続きました。

 林氏は、九斉社が同権利の侵害を否定し、賠償金の支払いを拒否したことから、16年10月に同社に対して2,375万台湾元(約8,600万円)の損害賠償を求める訴訟を提起しました。

 一方、同社は18年、林氏が今後どのような形式をもってしても、同社が林氏の特許権を侵害している旨の言論を対外的に行うことの禁止、および100万元の損害賠償を求め訴訟を提起しました。

和解金が目的か

 九斉社の提起した訴訟がまだ審理中であった18年4月、智慧財産法院(知的財産裁判所)は、特許に進歩性がないことを理由として林氏の訴訟を退ける判決を下しました。経済部智慧財産局(知的財産局)も同年8月、同じ理由で同特許を取り消しました。

 また九斉社の提起した訴訟について、知的財産裁判所は19年6月、次のような理由から、同社を全面勝訴とする判決を下しました。

1.特許権者が台湾で外国の特許権を主張する行為は、公平交易法(公正取引法)で規定されている。

2.林氏が13年に送った警告文には特許侵害鑑定レポートが添付されていなかった。これは公平交易法違反の直接故意に該当する。

3.林氏は14年に警告文を送るに当たり、他者に特許侵害鑑定レポートの作成を依頼した。レポートの結論は、権利侵害はなかったというものであったが、それでも林氏は警告文を投函(とうかん)した。これは九斉社に対する権利侵害の故意に該当する。

4.15年の警告文は、九斉社が多数の国の特許を侵害しているという内容であったが、特許権番号は記載されていなかった。また、このうち多くの特許は既に失効していた。

5.九斉社は林氏への返信の中で、多くの特許が既に失効していることを伝えたが、林氏はこれに対する返信で同社を恐喝した。

6.そのため、これらの警告文は「係争特許を保護するためのものではなく、同社が市場取引を行う際に、恐怖心が芽生えるよう仕向け、林氏がより迅速にライセンス料または和解金を得るためのものであった」と判断する。

7.林氏は、警告文の内容は全て合法だと主張したが、訴訟外の競争を目的として今後、九斉社の業務上の信用に損害を与えるに十分な、事実ではない状況を陳述または散布する恐れがある。

乱用といえず

 林氏はこの判決を不服とし、控訴しました。知的財産裁判所は20年3月末、次の理由から、九斉社の請求を退ける逆転判決を下しました。

1.林氏の警告文は全て、九斉社に対して送られ、対外的に陳述または散布されておらず、営業妨害には当たらない。

2.警告文の内容は不当だが、特許権を乱用したと言える程度のものではない。市場取引の秩序にも影響を及ぼしていない。また、警告文の内容は欺罔(ぎもう)とは言えず、取引上のデータの優位性を乱用する行為にも当たらない。

3.林氏が今後、対外的に九斉社が権利侵害を行ったという内容の言論をするかどうかは証明できないため、同社は林氏に対して同種の行為の禁止を求めることはできない。

4.林氏は権利侵害の責任を負わない。また、そのような責任が存在したとしても、同社が訴訟を提起した時点で「消滅時効」の2年を経過している。

 実際には法律的根拠は薄いにもかかわらず、警告文の方式で他者を屈服させる方法は商業上よく見られます。もし皆さんがこのような警告を受けた場合には、経験豊富な弁護士に有効な対応手段を取ってもらうことをお勧めします。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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