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第285回 疫病流行中の身の守り方


ニュース 法律 作成日:2020年2月12日_記事番号:T00088236

産業時事の法律講座

第285回 疫病流行中の身の守り方

 台湾人の「人なり」は原則として、誰かが困難に巻き込まれたら体を張って助けるものです。皆が注目するような大きな疫病が発生した場合には、「何もすることができない人」さえ、テレビなどのメディア上で、皆が「全てを犠牲にしてでも患者を助けるべきだ、そうでなければ人じゃない!」との勢いで叫び始めます。しかし、法律上は必ずしもそのように評価されるとは限りません。

不法滞在中の入院

 台湾の居留権を有していた中国国籍の湯雪梅氏(以下「湯氏」)は、居留期間を超えて不法滞在をしていた2015年11月、台湾東部の門諾医院に入院し、手術を受けました。入院期間中、同医院は法律の規定に基づいて内政部移民署に通報、移民署は16年3月に湯氏の国外退去処分を決定しました。しかし、湯氏はまだ入院治療が必要な状態だったため、「湯氏は心身障害により自らの力で生活できないため、一時収容はしない」(不法滞在者は強制退去の処分の前に施設に一時収容される)判断がされ、「代替収容処分」が下されました。結果として、第三者の荘忠禧氏が保証人となり、湯氏は同医院で治療を受けた後、17年3月に国外退去処分となりました。

代替収容処分中の医療費

 湯氏は入院期間の1年間に発生した各種費用計139万台湾元(約510万円)のうち、仏教系慈善団体の慈済基金会による介護費用補助11万元を差し引いた128万元を未払いのまま国外退去となったため、同医院は移民署に対して支払いを求めました。しかし、移民署がこれを拒否したため、同医院は台北高等行政法院(高等行政裁判所)に対し、同費用の支払いを求めた行政訴訟を提起しました。

 同裁判所は18年12月、次のような理由から同医院の主張を退ける判決を下しました。

1.「収容」とは「居留権のない者の人身の自由を制限し、国の実力支配下に置くことで、国外退去処分の執行を確実なものにする」行政処分だ。このため、収容期間中は「わが国は基本的人権の保障に基づいて、その者の生命と身体の安全を守らなければならない」。移民署の制定した「収容規則」にも次のような規定が設けられている:収容期間内に発生した必要経費は、「被収容者に支払い能力がなく保証人がいない、または保証人にも支払い能力がないとき、移民署がこれを支払うものとする」。

2.一方「代替収容処分」とは「収容を行うことが適切でない」場合、すなわち「生理上または法律上、人身の自由を制限する方式で国外退去処分の効果を得ることが適切でない場合」の行政処分だ。代替収容処分の効果は収容と同じだが、その方式は全く異なっている。「収容処分では、人身の自由を制限するので国はその生存に責任を負うが、代替収容処分では、その生活行動の維持は自らの責任で行われ、国の実力支配の下にはないため、国にはその者の生命と身体の安全を守らなければならない義務はない」。

3.門諾医院は代替収容処分期間、湯氏に対して医療給付を行い続けたが、それは湯氏との間で締結されていた私法上の医療契約に基づくので、湯氏に対して支払いを求めるべきだ。

国に負担義務なし

 門諾医院は、この判決を不服として最高行政法院(最高行政裁判所)に対し上告しましたが、同裁判所は19年10月、次のような理由から上告を退ける判決を下しました。

1.収容処分と代替収容処分は、共に国外退去処分者に対する保全処分だが、代替収容処分では事実上の収容は行われず、その者の人身は国の実力支配下にはないため、国にはその者の生命と身体の安全を守らなければならない義務はない。

2.移民署の収容規定には、被収容者が罹患(りかん)した際には移民署が必要経費を支払うとの規定があるが、同規定はあくまでも「収容施設」の病人に対するもの、収容処分を受けた者に対して適用されるものだ。「代替収容処分」の被処分者のように収容施設への収容が必要ないのであれば、移民署には、同被処分者が病気の際でも医師を招聘(しょうへい)したり、病院で治療を受けさせたりする義務はない。

3.入出国及移民法(日本の入国管理法に相当)には、代替収容処分を受けた者が罹患した場合、移民署は「関連登録社会福祉機構または医療機関に通報しなければならない」との規定があるが、同規定は移民署に同医療費用の負担義務を課したものではない。同規定が制定されるに当たり、当時立法委員(日本の国会議員に相当)であった蕭美琴氏は、15年当時に台湾の医療機関に対する代替収容処分者の未払い医療費が2,736万元に上っていたことから条文の改正案を提出していたが、同案は原案のままで通過しなかった。このことからも、移民署が「事実上収容をしていない被国外退去処分者の中国人に対して、その医療、介護などの費用を先立って支払うべきかどうかは立法者による判断が必要だ」。

 この案件からも分かるように、不幸な人を助けることは人道的には正しいことですが、法律上もそれが支持されるとは限りません。特に特定の業種が法の規定により他者を助けなければならない義務を負っている場合でも、提供する専門サービスと負担するリスクが、多くの法律によって保障されるとは限らないのです。今日のように世界的に疫病が流行している中、この案件から得られる警告は多いでしょう。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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