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第282回 執行猶予の取り消し


ニュース 法律 作成日:2019年12月25日_記事番号:T00087592

産業時事の法律講座

第282回 執行猶予の取り消し

 「執行猶予」とは、裁判所が宣告した刑罰を暫定的に執行しないことです。被告人(以下「受刑者」である場合を含む)が執行猶予期間内に犯罪を行わず、また執行猶予の条件にも違反しなかった場合、同期間が過ぎれば、刑は執行されたものとされます。

 執行猶予が宣告されるためには、通常、被告人が罪を認めることと、一定の代償を支払うことが必要です。最もよく見られる方法は、被害者に対する損害賠償の支払いです。その他の方法には、公益活動への寄付、無償の義務労働、法治教育への参加などがあります。

 判決の段階において、被告人がこれらを履行し終えていない場合、裁判所は執行猶予の条件としてこれらを判決の中に記載します。仮に被告人が執行猶予の条件に違反した場合、検察は裁判所に対して執行猶予の取り消しを申請することとなります。しかし、裁判所は必ず執行猶予を取り消すとは限りません。

取り消さない判断

 台湾高等法院(高等裁判所)台中分院は2019年11月に下した判決で、裁判所が執行猶予を取り消すことができるのは、受刑者が執行猶予の条件に違反している「状況が重大であり、宣告された執行猶予の効果を得ることが難しく、刑の執行が必要であることが明らかである」場合に、初めて可能となるとの判断を下しました。

 同案において、A受刑者は既に債務総額の56%の支払いを完了しており、裁判所からの呼び出しには毎回時間通り現れ、執行猶予の条件を継続して履行する能力がないことを説明していました。裁判所は、A受刑者の状況は、一般の犯罪行為者が「執行猶予の宣告を勝ち取るために口からでまかせを言い、実際には何もしない」ものとは異なり、家庭や経済的状況が突然変化してしまったため、履行を続けることができなかったものとして、検察による執行猶予取り消しの申請を退けました。

取り消しで被害者が不利に

 執行猶予の取り消しが、犯罪被害者に対し不利に働くこともあります。B受刑者の案件での執行猶予の条件は、被害者に対し賠償金87万台湾元(約316万円)を分割で支払うというものでした。B受刑者は3年間支払いを行った後に支払いを停止したため、裁判所はB受刑者が引き続き賠償を行わない以上、執行猶予による利益を得るべきではないとして取り消したため、B受刑者は懲役で1年服役をすることとなりました。

 一方、C受刑者の案件では、判決後2度にわたって一方的に毎月の賠償金の支払額を引き下げたため、検察は執行猶予の条件を履行する誠意がないと判断し、執行猶予の取り消しを申請しました。地方法院(地方裁判所)は、C受刑者は判決の段階で既に賠償金40万元を支払っている他、毎月の支払額は引き下げたものの確実に支払っていたことから、引き続き支払いを行わせる方が、執行猶予を取り消すのに比べ被害者に有利であると判断し、執行猶予取り消しの申請を退けました。高等裁判所は19年12月の判決で、この地方裁判所の判断を支持しました。

怠けは禁物

 怠けていると、執行猶予を取り消されることになります。D受刑者は、飲酒運転により懲役3年、執行猶予3年の判決を受けました。執行猶予の条件は80時間の義務労働でした。

 D受刑者の義務労働は19年5月15日に始まりましたが、3日目以降、繰り返し欠勤したため、検察官から訓告処分を受けました。また、義務労働の実施場所の管理者によると、D受刑者は労働場所に到着後、すぐにたばこ休憩に入り、携帯電話をいじって労働を始めず、催促されて労働に入るも、4時間でちり取り1柄分の落ち葉しか集めなかったことから、台中地方裁判所は19年11月に執行猶予を取り消し、高等裁判所もこの判断を支持しました。

再犯で取り消し

 犯罪を繰り返すと、執行猶予を取り消されることになります。E受刑者は、16年の商標権侵害を理由に、高雄地方裁判所から懲役2年、執行猶予2年の判決を受けました。しかし、執行猶予中の17年、E受刑者はまたしても他者の商標を侵害し、懲役3カ月の実刑判決を受けました。

 検察は、E受刑者の執行猶予の取り消しを申請し、裁判所はこれを認めました。E受刑者は抗告しましたが、智慧財産法院(知的財産裁判所)は「抗告人は、前回の執行猶予の宣告を受けて、心を改め法を守る決意を新たにすることがなく、執行猶予によって、抗告人に再犯しないよう警戒する効果があったと認めることは難しい」として、取り消しの判断を維持しました。

遅過ぎた寄付通知

 F受刑者は、士林地方裁判所において、懲役1年7カ月、執行猶予5年の判決を受けました。執行猶予の条件は12万元の寄付でした。しかし、検察は判決確定後5年近くたった執行猶予期間が満了するわずか2カ月前に、初めてF受刑者に対して寄付を行うよう通知しました。また、時間に迫られた検察は、この状況でF受刑者の執行猶予の取り消しを申請しました。

 台中地方裁判所は19年9月にこの申請を認める決定を下しましたが、高等裁判所は次のような理由により原決定を取り消しました。

1.検察の設けた支払期間はわずか10日間にすぎず、後に10日間延長したにしても、その期間が短過ぎたことが受刑者が支払いを行えない原因となった。

2.受刑者は、財産の隠匿、故意による不履行、もしくは正当な事由なく履行を拒絶しているわけではない。

3.同受刑者は、期限を1週間過ぎたものの、既に3万元を支払っていることから、支払いを行う誠意があることが見受けられる。

4.原決定は違法であるため取り消されなければならない。本案は執行猶予期間が満了しているため、原審に差し戻し再度審議する実益がない。このため、本裁判所が直接検察の申請を退ける。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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