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第281回 裁判所の犯罪見逃し


ニュース 法律 作成日:2019年12月11日_記事番号:T00087351

産業時事の法律講座

第281回 裁判所の犯罪見逃し

 裁判所は本来、犯罪を証明するための証拠を厳格に認定することで、人権を保護しなければなりません。たとえ厳格にしたことで結果として犯罪者が法の制裁を逃れる結果になったとしても、それは社会が受け入れなければならない当然の結果なのです。

 しかし、他の事実を証明するための証拠については、裁判所は「合理的」な判断基準によりそれを判断しなければなりません。そうしなければ犯罪を見逃すことになり、結果として犯罪を奨励することとなってしまいます。

海賊版ゲームを販売

 呉氏は高雄で「紅兵模型玩具店」を経営し、インターネット上でテレビゲーム関連商品を販売していました。

1.2015年12月、任天堂の委任を受けた弁護士が、呉氏のEコマース上で「合卡(マルチパックカード)」と呼ばれる多数のゲームを一つのメディアに記録した海賊版のゲームカードを購入した。鑑定の結果、同カードは著作権および商標権を侵害している商品であると判断されたため、任天堂は警察に対して告訴を行った。

2.16年5月、知的財産保護警察が呉氏のEコマース上で多数の海賊版ゲームが記録されたゲーム機を購入、鑑定の結果、同ゲーム機は著作権および商標権を侵害している商品であると判断された。

3.16年10月、警察は任天堂の告訴に基づいて裁判所に捜査令状を申請、呉氏の「紅兵模型玩具店」を家宅捜索し、前述の海賊版カードと海賊版ゲーム機をそれぞれ大量に押収した。また、それらの商品は任天堂の鑑定を経て、著作権、商標権を侵害しているものであると認定された。

4.任天堂の弁護士は、呉氏の店が家宅捜索を受けた後の16年10月、呉氏のEコマース上において、前述のものとは別種の「多数の海賊版ゲームが記録されたゲーム機」を購入、また16年12月には呉氏の配偶者名義で登録されていたEコマース上で3種類目となる「多数の海賊版ゲームが記録されたゲーム機」を購入した。

5.17年3月、告訴を受けた警察は、再度裁判所に捜査令状を申請、呉氏の「紅兵模型玩具店」を家宅捜索し、またしても大量の海賊版カードと多機種の「多数の海賊版ゲームが記録されたゲーム機」をそれぞれ大量に押収した。

 本案は検察官による捜査の後、一案として高雄地方法院(地方裁判所)に起訴されました。被告である呉氏は検察の捜査中、および裁判所においても犯罪を認めていました。

「一罪」と認定

 高雄地方裁判所が18年8月に下した判決は以下のようなものでした。

1.呉氏の前述1から3の行為は、一つの犯罪行為を構成するものであり、懲役6月とする。罰金として納める場合は約18万台湾元(約64万円)とする。

2.呉氏の前述4から5の行為は、一つの犯罪行為を構成するものであり、懲役6月とする。罰金として納める場合は約18万元とする。

3.以上の二罪は合わせて懲役10月とする。罰金として納める場合は約30万元とする。

4.警察が押収した海賊版商品は没収する。

5.呉氏の犯罪所得3,840元は没収する。

 注目すべきは、裁判所が多くの犯罪行為を「数罪」ではなく「一罪」と認定したことです。これは、これら多数の行為が「一つの期間内に密集して、同じ方式で連続して行われたことから、連続した単一の犯意により任天堂の商標権および著作権を侵害した」と認定されたため、被告人にはいわゆる「包括的一行為」のみが認められると判断されたことから、結果として1回の犯罪であるとされたことによります。

 また、呉氏の犯罪所得とは、任天堂(弁護士)と警察が呉氏より侵害商品を購入する際に支払った代金のことを指しています。

犯罪所得わずか3840元?

 判決に非常に不満を感じた検察は、次のような主張で、本案を知的財産裁判所に控訴しました。「呉氏のEコマースには、一つの侵害商品について、300もの評価がついており、それらは全て異なる購入者によるものである。同商品が990元で販売されていたことを考慮すれば、呉氏の犯罪所得は少なくとも29万7,000元となるはずである。」

 18年12月、知的財産裁判所は判決で、たとえ裁判所が権利侵害商品であると判断したものに対する評価であっても、「同評価を下した人々全てが係争商品を購入した者であり、また購入したものが全て模倣商品であったとは証明できない」とし、「Eコマースにおける評価のみから、呉氏の犯罪所得を直接認定することはできない」と判断、検察の控訴を退けました。

厳格な証明が必要か

 検察はこれに対して、次のような主張により最高裁判所に上告しました。▽犯罪所得の証明は、犯罪事実の証明と同様の厳格な基準によってされるべきものではない▽被告人は裁判所の審理中において、それら評価について「意見なし」としている▽裁判所が厳格な認定が必要だと考えるのであれば、検察に対してさらなる証拠の提出を求めるべきだ──。

 最高裁判所は19年11月、次のような理由から検察の上告を退けました。

1.裁判所が本案を二つの犯罪行為であると認定したことは正しい判断である。

2.犯罪所得の認定については、厳格な基準によって判断されるべきものである。また、証拠を提出するのは検察の責任である。検察が提出した証拠によっても犯罪所得金額が明確にならない場合は、裁判所はそれを採択しないことができる。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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