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第290回 最高裁判事の息子の事故


ニュース 法律 作成日:2020年4月22日_記事番号:T00089543

産業時事の法律講座

第290回 最高裁判事の息子の事故

 最高法院(最高裁判所)判事を父に持つ蕭賢綸氏は、2008年のひき逃げ事故発生当時、台湾海洋大学海洋法律研究所(基隆市)の学生でした。被告人は、同年10月2日、車で通学途中にオートバイと接触事故を起こしたようですが、その場にとどまることなく立ち去っており、後にオートバイの運転手との間で和解が成立したものの、ひき逃げとして立件され、検察官に起訴されました。報道によれば、検察に罪を認めるよう勧められた被告人は、司法試験を受験するので刑事記録があってほしくないことを理由に、犯行を否認したとされます。

 基隆地方法院(地方裁判所)は09年9月、ひき逃げ行為を認定し、懲役6月、執行猶予2年、ただし罰金3万台湾元(約10万7,000円)の国庫納付の有罪判決を下しました。蕭賢綸氏はこれを不服として控訴しました。

 同地裁の裁判官らは、蕭賢綸氏の事故発生に気付けなかったという主張を検証するため、09年9月14日に実況見分を行っていました。10年前の基隆市の道路状態は良くなく、路面はあちこちに凸凹があり、走行する車の種類もさまざまで、接触事故に気付かない可能性もあり得たためです。

 実況見分では、被告人が運転席、弁護士が助手席、裁判長、陪席裁判官、検察官が後部座席に座り、被告人の主張する状況を再現しました。この結果、車内でロック音楽が流れていなければ、右サイドミラーが内側に半分折り曲がった時点で、明らかに「ポン!」という衝突音が聞こえ、ロック音楽が流れているとサイドミラーが折れ曲がる音だけがしました。

 この実験結果に加え、事故後に▽被告人の車両の右サイドミラーが明らかに折れ曲がっていること▽被告人がその場で3秒間停車したこと──が防犯カメラに捉えられていたことから、裁判所は、被告人が接触事故を知りながらも、その場にとどまり処理をしなかったと認定したのです。

 それにも関わらず、裁判所が被告人に執行猶予を付けた理由は、被告人が被害者と和解していたこと、および被害者が裁判所に対して「被告人に一度機会を与える」よう明確な意思表示を行っていたからでした。

控訴審で口利き疑惑

 台湾高等法院(高等裁判所)の19年12月23日の認定によれば、控訴審の裁判長の高明哲氏は10年1月5日、裁判官専用通路を通って法廷に向かっていた途中、右陪席裁判官の高玉舜氏に対し、「被告人は(最高裁判事である)蕭仰帰氏の息子のため、無罪判決になることを望む」と切り出していました。しかし、高玉舜氏は原判決の認定には誤りはないと判断し、控訴棄却の判決を起案。裁判長、右陪席裁判官、左陪席裁判官の3人の評議の場で、高玉舜氏は控訴棄却、ただし罰金3万元免除と主張しました。一方、裁判長は「蕭仰帰氏が無罪判決を望んでいる」と主張、左陪席裁判官であった林洲富氏も無罪判決を支持したため、2対1で原判決は破棄され、無罪判決を下すこととなりました。無罪判決に反対した高玉舜氏は、判決文を書くことを拒否したため、裁判長が自ら判決を書くこととなりました。

 10年1月19日に下された判決では、次の認定を行いました。この判決を受けた台湾高等検察署は、なぜか上告を行わず、本案は確定してしまいました。

1.被害者は、被告人の車との接触により転倒したとは一度も言っていない。蕭賢綸氏が左側より被害者に接触したのであれば、被害者が左側に転倒するはずはない。このため、蕭賢綸氏は被害者に接触していない可能性が高い。

2.地裁の実況見分は「聴覚に神経を集中していた」という前提で行われたもので、事故発生当時の状況を表しているとはいい難い。また、基隆市の道路は凹凸がひどく、蕭賢綸氏は事故発生そのものを知らなかった可能性がある。

 蕭仰帰氏が、一体どのように高明哲氏に対して口利きを行ったのかは明らかではありません。ただ、2人は09年12月3日と9日、レストラン「馥園餐庁」で同級生と食事を共にした際に、大学の同級生の李栄発氏が食事代を支払っていました。この2日間に口利きがなされたのかどうかは分かっていません。

 また、左陪席裁判官の林洲富氏は、後に台北地方検察署の取り調べを受けた際、評議の際に裁判長の高明哲氏は、蕭仰帰氏が無罪を要求しているとは言っていないと証言しましたが、台北地方検察署と台湾高裁は林氏の証言を採択しませんでした。

非常上告の要件満たさず

 口利き問題が明るみに出た後、最高検察署は非常上告を提起しましたが、最高裁は11年6月に訴えを退ける判決を下しました。審判が法令に違反していることを理由に非常上告を提起できるのは、▽重要な法律上の問題があり、最高裁より法律上の統一解釈がなされなければならない場合▽原判決が被告人に不利で、非常上告でなければ救済が不可能な場合──に限られており、本件はどちらにも当てはまらないためという理由でした。

 台湾高検署は19年に「再審申請」による対応を決定し、台湾高裁は同年12月23日に再審手続きを開始しました。裁判所はその理由の中で、高明哲氏の口利き受け入れで判決結果が影響を受けたと認定し、再審が妥当としました。蕭賢綸氏はこれに対して抗告を行いましたが、20年2月26日に退けられました。

 本件に関する全ての判決文を見る限り、被告人の父親が最高裁判事であることを全員が知っていました。ある人は事務処理の方法を変更し、ある人に至っては信義誠実の原則に違反する行為までしています。最終的に本案を処理する裁判官らは、彼らの行為を判決中に逐一記載することで、真相を私たちに伝える他ありませんでした。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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