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第292回 自らの特許に対しての特許無効審判の請求


ニュース 法律 作成日:2020年5月27日_記事番号:T00090176

産業時事の法律講座

第292回 自らの特許に対しての特許無効審判の請求

 自らの特許に対して特許無効審判を請求する「無効審判の自己請求」(以下、審判請求)は、特許実務上ではよく見られるものです。特許権者は、他者の名義で関連証拠を提出し、自らの特許に対して審判請求を行いますが、その際、請求理由は故意に弱くしておきます。審判の結果、特許の範囲は変わらないか、小さくなるかもしれませんが、少なくとも、他者が同じ証拠を使用して、同じ理由で審判請求することを防ぐことができます。

 台湾特許法には、「発明特許権者に次の事由の一つがある場合、何人も特許主務官庁に対して特許無効審判を申請することができる」との規定が設けられていますが、この「何人も」の範囲に特許権者本人が含まれているのかは、研究が必要な法律問題です。もちろん、言葉そのものの意味としては、「何人も」には特許権者本人も含まれます。

第三者の審判請求で取り消し

 先進光電科技股份有限公司(アビリティー・オプトエレクトロニクス・テクノロジー)は2012年、「調剤針の構造」についての実用新案を申請し、経済部智慧財産局(知的財産局)から登録が認められました。一方、大立光電股份有限公司(ラーガン・プレシジョン)は、同特許の構造は同社の研究開発(R&D)の成果で、離職した職員がアビリティーに情報を流し、特許が申請されたとして、知的財産局に対して審判請求し、同特許は同社のものと主張しました。このとき、既に第三者の盧建中氏が同特許には進歩性がないとして審判請求していたため、ラーガンは同無効審判への「参加」を申請しました。

 知的財産局は17年2月、ラーガンの参加の申請を退け、また同年3月には同特許には進歩性がないとして特許の取り消しを審判しましたが、特許権者のアビリティーはこの審判結果を不服としませんでした。

 ラーガンは、同特許は同社のものであり、取り消されるべきではないとして、別途行政訴訟を提起し、「アビリティーは自ら審判請求を行ったのであるから、知的財産局はそれを受理すべきではなかった」と主張。同特許の復活を狙いました。

アビリティーの自己請求認定

 智慧財産法院(知的財産裁判所)は審理の結果、▽同特許は盧氏による審判請求を受けたが、申請を行った特許事務所はアビリティーに対して費用を請求した▽アビリティーはそれを支払った▽同事務所の報告もアビリティーに対して行われた──と認定し、同審判請求はアビリティーが行ったため、受け付けられるべきではなかったとして、次の理由から18年11月に同処分を取り消しました。

・特許法には「何人も」特許無効審判を申請できるとの規定があるが、「同行為が公衆審査制度であることを考慮すれば、特許権者自らがそれを行うとなると、特許法における同プロセスが全て双方当事者の参与を前提にしており、特許権者による答弁プロセスも経なければならないこと、また…無効審判が不成立となった場合、第三者に対して一事不再理の遮断効力が発生することから、公衆審査制度と符合しないことを避けるためにも、『何人も』には特許権者本人は含まれないとすべきである」

 盧氏はこれを不服として上告しましたが、最高行政法院(最高行政裁判所)は20年2月に次のように認定し、訴えを退けました。

・「わが国の特許無効審判制度の目的は公衆審査であり、無効審判審査の前に特許権者による答弁プロセスを経なければならないことから、無効審判プロセスでは特許権者と無効審判申請者との間で訴訟における対立性を持った攻防が行われる。このことからも、同規定における『何人も』とは、特許権者以外の第三者を指すものである」

 このことからも、自ら審判請求することは、行政機関をもてあそぶ行為であり、政府の威信を損なう行為であるため、裁判所には好まれないことが分かりますが、それが本当に行うことができない行為であるかどうかについて、裁判所は立法目的からの厳格な解釈を行うべきでしょう。

論理矛盾の可能性

 例えば、最高行政裁判所と知的財産裁判所の推論では、▽審判請求は「公衆審査」であるため、特許権者の答弁が必要である▽もし特許権者が自ら審判請求した場合、自ら答弁を行うことはできない▽そのため、特許無効審判は公衆審査ではない──という「結論と前提の矛盾」、一種の論理上の誤謬(ごびゅう)をはらんでいます。

 また、論理上の矛盾の他にも問題があります。本案件の最終的な結果としては、同特許はラーガンのものという判断を下す可能性が高いですが、そうなると、アビリティーは第三者となり、審判請求できることになります。もしアビリティーが再度同じ証拠を提出した場合、知的財産局は異なる審判結果を出すのでしょうか?知的財産局は審判請求を受け付けるべきではないという主張は、ラーガンにとっては無益です。

 最後に、「無効審判の自己請求」は社会上は一定の需要があるため、今回の判決により無くなることはありません。本件判決が「審判の結果進歩性がない特許に対しては自ら無効審判を申請することができる」としていれば、より無効審判制度の目的に沿ったものとなり、実際の紛争の解決も図れたでしょう。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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