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第221回 本当の責任者は誰か?


ニュース 法律 作成日:2017年4月26日_記事番号:T00070235

産業時事の法律講座

第221回 本当の責任者は誰か?

 模倣品関連の事件において、検察官に起訴され、裁判所より判決を受けた被告人の多くは、シングルマザーです。ただ、こうしたシングルマザーは通常、名義を貸し出しているだけで、本当の責任者は他にいるのです。

 名義を貸したシングルマザーには一定の報酬が支払われます。時には会社に雇われ、現場で販売を担当することもあります。彼女たちは、警察に逮捕された場合、自らが責任者であることをあっさり認めます。もし判決を受けることになったとしても、シングルマザーであるため、悪くても罰金刑で済むからです。また、もし被害者との間で和解に至った場合は、本当の責任者が賠償金を支払って問題を解決し、その後、彼女たちに代わる別の人物に販売させることとなります。

矛盾する供述

 台湾の模倣品販売においては、権利を侵害した会社の本当の責任者が誰かを突き止めることはかなり困難です。

 2010年2月、法務部調査局台北市調査処は、台北市と新北市において、アダルトショップ5軒でバイアグラやシアリスなど性的不能(ED)治療薬の偽薬販売業者を検挙し、送検しました。被告らは、それぞれ10万台湾元で商標権者と和解した後、裁判所でその起訴事実を認めたため、台北地方裁判所は、それぞれの被告に懲役4月から8月を言い渡し、また前科のなかった被告4名については、執行猶予付きの判決を言い渡しました。

 被告の1人である曽月霜は、調査員に対して、販売していた偽薬は俊能国際貿易が提供していたもので、薬を持ってきて販売したのは同社営業員の呂理治であると供述しました。また、同案件において、別のアダルトショップの店長である郭文龍も同様に、呂が俊能国際を代表して、「並行輸入した強壮薬」を販売したことを供述したため、検察は、呂が偽薬を販売したとして、薬事法違反および商標法違反の疑いで呂を起訴しました。

 呂は起訴事実を否認しましたが、台北地方裁判所は14年8月に、呂を偽薬販売の罪により懲役7月を言い渡しました。

 判決によると、曽は捜査の過程において、▽偽薬を販売した呂の本当の名前は知らない▽呂の写真を識別できない▽第1回調査法廷に呂がいた──などを証言していました。また、第1回調査法廷において偽薬を納品したのは呂ではない他の人物であると証言した理由について、▽呂から偽薬の提供者が呂本人であると供述しないよう頼まれた▽呂が賠償金を半分支払うことを約束した▽呂が40~50歳前後の色黒の男と一緒に法廷に来た──と説明した上で、呂は「私を見つけることができる」と証言しました。

証拠認定できず

 呂はこの一審判決を控訴し、知的財産裁判所は原判決を維持しました。しかし最高裁判所は上告審で原判決を破棄、原審に差し戻しました。

 最高裁判所は16年1月の判決において、▽郭は呂より偽薬を仕入れたとは供述していない▽呂の偽薬提供時期について、曽の供述と、判決において認定された時期が符合していない▽原判決において呂が偽薬を提供したとされている時期には、呂はすでに俊能国際の労働保険から外されている▽原判決は「これらの証拠資料では、控訴人が、俊能国際が解散した後、または新光人寿保険での在職期間中も、俊能国際において偽薬の販売を行っていたという事実を排除するには至らない」とし、さらなる証拠を求めることなく罪を認定しているが、これは証拠認定の法則に反する──としました。

 他に呂が関与したことに関する証拠が存在しなかったことから、知的財産裁判所は16年6月に呂無罪の判決を下しました。判決の中で裁判所は、▽曽は呂が偽薬を販売したと供述しているが、具体的な証拠がない▽曽は裁判所から数度にわたってから呼び出されたが、一度も出席していない▽郭も呂が偽薬を販売したとは供述していない──などとして、何らの信用に足る証拠がないことを理由に、無罪の判決を下したとしています。

 検察は上告しましたが、最高裁判所は今年3月30日に上告を退けました。最高裁判所は「本件において検察は犯罪事実を積極的に証明すべき証拠を提出していないばかりか、同証拠方法と証明されるべき事実の関係についても説明していない」とし、無罪推定の原則により、無罪判決を下しました。

 司法院の判決資料によると、本件において検察は俊能国際の本当の責任者を起訴できていないようです。曽は、販売していた偽薬は俊能国際より「売上仕入れ(小売業者は商品の所有権を卸売業者に残しておき、売上と同時に仕入れを計上するという委託販売方式)」によって提供されていたと供述している一方で、過去に俊能国際まで出向き「偽薬の納品申し込み」を行った(その際呂に会っている)とも供述しており、その内容は矛盾しています。しかし検察はそれに対して一歩踏み込んだ調査を行った上で証拠を提供することはしませんでした。

 本案件は、台湾における模造品捜査の難しさを示しています。商標権者が現段階でできることは、裁判所に対してより高額の罰金または賠償を請求することで、名義を貸した偽の責任者を脅かすことしかないようです。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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