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第231回 裁判所が代わって行う特許審査


ニュース 法律 作成日:2017年9月27日_記事番号:T00073094

産業時事の法律講座

第231回 裁判所が代わって行う特許審査

 米国の企業であるピュアフィッシング(以下ピュア社)は、台湾の発明特許第112750号「編組線または撚り(より)線による釣り糸の製作方法」の特許権者です。同特許は「3本から64本のゲル紡糸ポリオレフィン繊維の編組線または撚り線を、約110度から150度の範囲内の温度で、約1.0から2.0の全延伸比の範囲内で伸ばし、各糸を約20デニールから1,000デニールにする」というものでした。

 2010年8月、ピュア社は米国サウスカロライナ州の連邦裁判所において、ノルマーク社に対して特許侵害訴訟を提起しました。同訴訟における関連商品は、台湾の耀億工業が製造していました。耀億工業の発表した重大ニュースリリースによると、同案件は12年12月に裁判所に棄却されています。

特許訂正中の裁判

 13年初め、ピュア社は耀億工業がサフィックスブランドの編組線釣り糸に関する台湾特許を侵害していると主張、耀億工業に対して特許侵害訴訟を提起し、200万台湾元の損害賠償、および権利侵害の停止を求めました。

 同年4月、耀億工業は、同特許には新規性と進歩性が無いことを理由として、知的財産局に対して特許無効審判を提起しました。しかし、ピュア社はそれに先立って、知的財産局に対して以下のような特許請求の範囲の「訂正」を行っていました。

1.釣り糸1本当たりに含まれる紡糸の数「3本から64本」を「3本から16本」に

2.紡糸1本当たりの直径「20から1,000デニール」を「20から400デニール」に

3.「本工程を経て製造された釣り糸は融合していない」という条件を追加

 原告は13年2月に裁判所に対して、被告において「証拠保全」を行い、製造に関する技術資料の差し押さえを行うことを申請しました。しかし、知的財産裁判所は、前述の米国における訴訟において、双方は「被告は10年6月以前の製造過程においては、153度から156度の温度範囲で、熱しながら伸ばすという工程を行う」ことに対して同意をしていることから、後の工程が、その特許範囲である「110度から150度の範囲内の温度」においてなされることは考えにくいとして、主張を退けました。

裁判所が先に判断するケース

 知的財産裁判所一審は、知的財産局が同特許の範囲の訂正を審定することを待つことなく、13年7月30日に、以下のような理由から、判決により原告の訴えを退けました。

1.智慧財産案件審理細則の規定によれば、特許侵害に係る民事訴訟において被告が係争特許の無効を主張した場合で、特許権者が知的財産局に対して特許請求の範囲の訂正を申請している場合、「訂正の申請が明らかに許可されるべきではない」または「訂正後の特許請求の範囲によっても侵害とはならない」ときを除いて、知的財産局が同訂正案に対して行う審定結果に基づいて、判決を下さなければならない

2.ただし、上記の2つの状況以外において、訂正後の特許申請の範囲に基づいたとしても係争特許には依然として取消事由が存在する場合、裁判所は知的財産局における訂正プロセスの進行度合いを考慮することなく裁判を成すことができる

3.本件特許権者による特許申請の範囲の訂正には、(訂正の申請が)明らかに許可されるべきではないという事情は存在しない。また、訂正のうち、釣り糸1本当たりに含まれる紡糸の本数の減少、および紡糸1本当たりの直径範囲の縮小は、共に「特許権の範囲の縮小」に当たるため、訂正は認められるべきものである。さらに、制限的条件を付加することの目的は、「先行の技術がカバーした部分を削除する」ことにある。これについては説明書の中に記載はないが、特許審査基準に符合するものであるため、これについてもまた訂正は認められるべきものである

4.訂正後、特許申請の範囲に記載されているのは、被告の提出した証拠6の「米国特許先行案」により容易に完成されるため、進歩性は認められない

5.係争特許に進歩性が認められないのであるから、原告が求めるところは認められるべきではない

 この判決を不服とした原告は、知的財産裁判所第二審に対して控訴しましたが、同裁判所は第一審の行った認定に少しの修正を加えただけで、第一審と同じ理由により、15年6月に原告の控訴を退けました。原告は最高裁判所に対して上告しましたが、17年8月末、最高裁判所もまた、その上告を退けました。一方、本案の係争期間中である16年3月、知的財産局は知的財産裁判所第一審と同じ見解に立った上で、「進歩性なし」とする理由をさらに強化した理由をもって、訂正についてはそれを認めましたが、同時に特許そのものを取り消しました。これに対して原告は行政訴訟を提起しましたが、それも17年7月に知的財産裁判所により訴えを退けられています。

 耀億工業の発表した重大ニュースリリースによると、原告が米国で提起した上訴もまた、14年6月に米国の上訴裁判所により退けられたとのことです。

 本案は、台湾における特許侵害訴訟の生態を表している典型的な案件です。特許権侵害訴訟中に起こされた特許無効審判については、通常、知的財産局は、たとえそれが特許申請の範囲の「訂正」(事実上は「修正」)という知的財産局の職権に属する案件であったとしても、それを審定せずに裁判所の判断を待ちます。このような現状において、特許権者が自らの特許の申請の範囲を「訂正」したい場合は、侵害訴訟を提起する前に、知的財産局より訂正の許可を得ておくことで、特許の有効性を確固たるものとすることができるでしょう。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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