ワイズコンサルティング・グループ

HOME サービス紹介 コラム 会社概要 採用情報 お問い合わせ

コンサルティング リサーチ セミナー 在台日本人にPR 経済ニュース 労務顧問会員

第257回 特許侵害鑑定に誤りがあった場合の法的責任


ニュース 法律 作成日:2018年11月28日_記事番号:T00080645

産業時事の法律講座

第257回 特許侵害鑑定に誤りがあった場合の法的責任

 宏正自動科技(ATENインターナショナル、宏正)は、2005年8月に公告された発明特許第I237762号「パソコン切り替え器およびその方法」の特許権者です。

 宏正は、禕峰科技(EMINEテクノロジー、禕峰)が製造販売する5種類のパソコン切り替え器(KVM、キーボード・ディスプレイ・マウス)が同特許を侵害しているとして、07年10月に台湾の中国機械工程学会(CSME)に鑑定を依頼しました。その後、同学会のまとめた特許侵害鑑定書をもって、桃園地方法院(地方裁判所)に禕峰の財産計300万台湾元(約1,100万円)の仮差し押さえを申し立て、認められました。

 その後、宏正は07年11月に禕峰に対して特許侵害訴訟を提起し、侵害の停止と300万元の損害賠償を求めました。これに対して桃園地方裁判所は12年8月、係争特許の出願以前に米国において類似する特許が認められていることから、係争特許には進歩性が無いと判断、宏正の請求を退けました。

 宏正は控訴しましたが、智慧財産法院(知的財産裁判所)が14年3月、訴えを退けたことで本案は結審しました。なお、宏正はその後、桃園地方裁判所に対して前述の仮差し押さえの取り消しを申し立て、認められました。

鑑定結果の変造で提訴

 禕峰は、宏正が仮差し押さえの申し立てを行うに当たり、鑑定機関に対して変造した証拠を提供し、自らに有利な鑑定結果を得たとして、宏正に対して損害賠償390万元と、判決書を新聞に掲載することを求め、知的財産裁判所に訴訟を提起しました。

 知的財産裁判所の第一審は15年11月、宏正による仮差し押さえの申し立ては特許権の正当な行使であるとし、禕峰の訴えを退ける判決を下しました。禕峰はこれを不服として控訴しましたが、同裁判所の第二審は16年9月に次の理由により控訴を退けました。

1.宏正は仮差し押さえ申し立ての際、確かに係争特許の権利人であった。

2.禕峰が提出した証拠では、鑑定物が何らかの変造を受けたことは証明できない。他の証拠でも、鑑定機関が虚偽不実を行ったことを証明するには至らない。このため、宏正が同鑑定書をもって仮差し押さえ、および本案を提起したことは、権利を不当・不法に行使したことにはならない。

3.宏正の申し立てた仮差し押さえは、最終的に取り消されたが、その原因は宏正の敗訴であり、宏正による仮差し押さえの申し立てが「始めから不当であった」からではない。このため、禕峰は民事訴訟法における「仮差し押さえが始めから不当であった」との規定に基づいて、損害賠償を請求することはできない。

4.宏正は、合法かつ有効な特許権と鑑定書により仮差し押さえを申し立て、本案訴訟を提起している。仮差し押さえは、要件を満たした上で自らの権益を維持・保護するために行った、正当な権利行使だった。このため、禕峰は民法の「不法行為」の規定により損害賠償を請求することはできない。

5.禕峰は、宏正が仮差し押さえを申し立てた時点で、既に「係争特許に取り消されなければならない理由が存在すること、または仮差し押さえ訴訟に勝訴の可能性が無いこと」を知っていたとは証明できていない。このため、宏正が故意または過失をもって特許権を不当に行使し、控訴人の権利を不当に侵害したと認められないし、公平交易法(公正取引法)による損害賠償も認められない。

申し立て取り消しを重視

 禕峰による上告を受けた最高法院(最高裁判所)は18年11月1日、知的財産裁判所の判決を取り消し、同案を知的財産裁判所に差し戻しました。最高裁判所の判断は次のようなものでした。

・民事訴訟法の規定によれば、仮差し押さえの効果が申立人本人により取り消された場合、申立人は相手方の被った損害を賠償しなければならない。
・禕峰は、同規定により損害賠償を請求しているのであり、仮差し押さえが始めから不当であったことを主張しているのではない。
・知的財産裁判所は、原告の請求に基づいた判決を下していないため、案件を差し戻す。

 最高裁判所の判決から判断する限り、最高裁判所は本案の特許権者に対して明らかに賛同していません。最高裁判所は、他に賠償を命じる理由を見つけられなかったのでしょう。

 知的財産裁判所による特許権侵害部分の認定をみる限り、被告の製品と係争特許との比較では、どの製品も技術的特徴が半数以上符合していないのにもかかわらず、鑑定書ではそれらは全て符合しているとされていました。本案が本来検討すべきだったのは、このような鑑定書について、その作成は慎重に行われたのか?重大な過失は無かったのか?といった点にあると思われます。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

産業時事の法律講座