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第314回 刑法の商工秘密保護/台湾


ニュース 法律 作成日:2021年5月12日_記事番号:T00096056

産業時事の法律講座

第314回 刑法の商工秘密保護/台湾

 台湾では「営業秘密法」が制定されており、2013年には刑事罰の規定も設けられました。しかし、罰則を適用するための要件が厳格なため、犯罪として成立した案件はごく少数となっています。

 一方、刑法には中華民国政府が1935年に中国で施行した時点から「洩漏工商秘密罪(以下、商工秘密漏えい罪)」が設けられています。最近の案件を見る限り、どうやら80年以上前からあるこの法律の方が使い勝手が良いようです。

秘密保持措置があったか

 侯荃耀は16年11月17日に育栄科技管理股份有限公司(以下、育栄公司)のエンジニアであった時に、同社の16年4月8日時点の「工程管制表」を秘密裏に、下請け会社、新光通電信工程行の責任者である張和振に転送しました。育栄公司は発見後に侯を告訴し、検察官は侯を商工秘密漏えい罪で起訴しました。

 第一審の台北地方法院(地方裁判所)は18年11月、以下の理由から無罪判決を言い渡しました。

・工程管制表は日頃から事務所の書類棚の上に貼ってあったもので、育栄公司の社員や提携先の業者、提携先となり得る業者であれば見ることは可能であった。閲覧制限も設けられていなかった。

・このことから、育栄公司は他者が工程管制表の内容を容易に知り得ないようにするための、一定の秘密保持措置を取っていなかったことが分かる。したがって、工程管制表は法律で保護された秘密ではない。

他者が容易に知り得ない

 検察官の控訴を受け智慧財産法院(知的財産裁判所)は19年5月、次のような理由から逆転有罪判決を下しました。

1.刑法が保護している「商工秘密」と、営業秘密法が保護している「営業秘密」は異なる。

2.刑法第317条の「商工秘密」とは、「所有者がそれを経済利益の産出に用いることができ、また所有者が主観的に同情報を他者に知られることを欲せず、かつそれを秘密として保護しているものである。客観的には同情報を持つ者が同情報が所有者の商工秘密であることを知っており、かつ実際に対外的に公開されていないもの」であればよい。

3.同工程管制表は書類棚の上に貼ってあったものだが、他者が勝手に、かつ容易に知り得るものではなかった。また被告はそれを転送する際に張和振に対して「内緒で見せます」「門外不出で」などと告知しており、被告は同情報が外部に流出してはならないと知っていたことが分かる。

流出すれば影響があるか

 被告は最高法院(最高裁判所)に上告しましたが、20年5月に棄却されました。最高法院は同案を重要な案件と認識したようで、判決理由の中で特別に次のように説明しました。

1.刑法の秘密妨害罪の章における「秘密」とは、所有者の主観的認識上、特定の限られた少数の者以外に知られたくない情報を指す。情報が流出した場合、所有者に一定の影響力が及ぶため、保持する価値や利益があるものが、刑法の保護する秘密である。

2.「客観的に既に相当程度の環境、設備を利用し、または適切な方法、態度によって、営業活動の隠密性を十分に確保していることから、所有者が主観的に隠密性に対して期待していることを一般人が確認でき、かつ誤認の虞がない」場合、それは秘密である。

3.いわゆる「商工秘密」とは、工業または商業上の発明または経営計画で、非公開の性質を持つものを指す。例えば工業上の製造秘密、特許品の製造方法、商業上の運営計画、企業の資産・負債の状況や顧客名簿などがそれに属する。

4.育栄公司内部で商談を行っている他企業やその他の人員が、工程管制表に故意に近づいて情報を盗み見ることができる可能性があり、また育栄公司の内部情報に対する秘密保持措置が完全ではなかったにせよ、それによって同社が相当な環境によって工程管制表の隠密性を確保していなかったとは言えない。

 本案は、台湾の裁判所が商工秘密の保護を強化するために行った方向修正と見ていいでしょう。その結果、業界では営業秘密法ではなく、刑法による保護のもとに走ることになりました。

 しかし、最高法院は少々調整をし過ぎたように感じます。なぜなら同判決に従えば、実際に何らの保護措置を取っていなかったとしても、情報の隠密性を失うことはないからです。このような見解は多くの国が長年積み重ねてきた理論と異なります。

 また、被告は16年11月に4月当時の工程の進度を漏えいしていますが、漏えい時点で4月の工程進度がまだ秘密であるのかについては討論がされていません。最高裁は少し結論を急ぎ過ぎたようです。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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