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第315回 ビジネス裁判所の新訴訟プロセス/台湾


ニュース 法律 作成日:2021年5月26日_記事番号:T00096356

産業時事の法律講座

第315回 ビジネス裁判所の新訴訟プロセス/台湾

 今年7月1日、商業事件審理法が施行され、同時に現在の「智慧財産法院(知的財産裁判所)」は「知的財産および商業裁判所」に生まれ変わります。このことはあまり注目されていません。なぜなら、商業事件審理法が適用される案件は、一般のビジネスパーソンとは無関係だからです。

主な対象は上場企業

 商業事件審理法が審理する案件は次の通りです。

1.会社責任者が業務の執行により、会社との間で生じた民事上の権利義務に関する争議

2.証券取引法、先物取引法などに係る詐欺、違法案件

3.その他会社法、銀行法などに係る重大な商業訴訟案件

 案件の大部分が株式を公開している会社、および訴訟物が1億台湾元(約3億9,000万円)以上であることが要件です。

弁護士が訴訟代理人に

 今年1月に公布された商業事件審理法には、いくつかの新しい訴訟プロセスが採用されています。

 商業事件審理法の一つ目のポイントは、「弁護士強制代理」です。全ての商業事件は必ず弁護士を訴訟代理人とし、また全ての訴訟、非訴行為は訴訟代理人が行わなければなりません。たとえ訴訟当事者本人であっても、特別な状況以外、有効な訴訟、非訴行為を行うことはできません。

 簡単な交通事故に関する案件であっても、一般の人が訴訟を円滑に進めるのは難しいことはご承知の通りです。台湾では多くの案件は弁護士強制代理ではないため、検察官や裁判所は、多くの時間をかけて訴訟当事者に「法律常識教育」をしなければなりません。例えば特許侵害訴訟では、発明者が知的財産裁判所で、自分がこうと思い込んでいる法律と技術用語を使って、正義を主張したりします。商業事件審理法が弁護士強制代理制度を採用したのは正しい判断でしょう。

 一方で、商業事件は複雑で、証拠も膨大です。裁判所に状況を理解させるためには経験豊富な弁護士が時間をかけて取り組む必要があるため、費用もかさみます。商業事件審理法では、敗訴側が相手側の弁護士費用を負担するとしていますが、その金額は司法院が定める基準によるとされており、失笑を禁じ得ません。

訴状の電子化

 二つ目のポイントは、「全ての訴状を電子ファイル形式で提出する」点です。特別な理由がある場合を除き、他の形式による訴状は認められません。

 電子ファイル形式の強制使用は、確かに必要です。民間での書面の交換がほぼ全て電子ファイル化されている今日、裁判所もそれに続くことは当然でしょう。

 台湾では弁護士が訴状のコピーを必要とする際に、裁判所の閲覧室で1ページずつコピーを取る必要があり、1,000ページをコピーするには丸一日かかってしまいます。例えば、台中の裁判所が銀行から払い戻し請求書を取り寄せたとして、台北の弁護士がそれを手に入れるためには、台湾高速鉄路(高鉄)で台中に出向いてコピーするしかないのです。商業事件審理法の施行で、このような現状が改善されることを期待します。

証拠の問い合わせ制度

 三つ目のポイントは、「証拠問い合わせ制度」です。これは、当事者が主張をする際に相手方の所持する証拠が必要な場合、必要な証拠の説明をすることで、相手方に問い合わせができるという制度です。一部の例外を除き相手方は説明の提供を拒否できず、理由なく拒否した場合、裁判所は問い合わせ側の主張が正しいと認定することができます。

 しかし、訴訟当事者が資料を提供したくない場合、弁護士は説明を拒否せずにあいまいな説明をするか、かみ合わない回答をするでしょう。法廷侮辱罪がない台湾では、最高裁が多くの案件の中で本規定の執行に対して積極的な支持を表明しない限り、このような新制度は期待された効果を発揮できない可能性があります。

専門家証人の依頼も

 四つ目のポイントは、当事者双方が個々に専門家証人(エキスパート・ウィットネス)を委任することができることです。台湾の訴訟制度には現在でも権威時代の面影が残っており、専門家証人は裁判所が委任することになっています。多くの案件では当事者が専門家に鑑定を依頼していますが、それはあくまで制度外の鑑定でしかありません。

 商業事件審理法には当事者が自ら専門家証人を委任ができるとされており、また同専門家証人が相手方に対してした質問に、相手方は答える義務があります。

 また裁判所は、双方の専門家証人に共同で専門意見を提出させ、双方で共通の認識がある点、無い点を明確にすることができます。しかし、このような操作には高度な民主主義的素養が必要です。

他の訴訟法でも適用を

 今回は、商業事件審理法で採用された新制度を紹介しました。これらの制度は訴訟環境を改善することとなるでしょうが、実際の商業案件はそう多くはないはずです。

 筆者は、これらのプロセスが早く他の訴訟法においても採用されることで、裁判所による真実の発見がより容易になり、世間の笑いものにされる判決が減ることを心から期待します。

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士

徐宏昇弁護士事務所

1991年に徐宏昇法律事務所を設立。全友電脳や台湾IBMでの業務を歴任。10年に鴻海精密工業との特許権侵害訴訟、12年に米ダウ・ケミカルとの営業秘密に関わる刑事訴訟で勝訴判決を獲得するなど、知的財産分野のエキスパート。専門は国際商務法律、知的財産権出願、特許侵害訴訟、模倣品取り締まり。著書に特許法案例集の『進歩の発明v.進歩の判決』。EMAIL:hiteklaw@hiteklaw.tw

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